2010年4月30日金曜日

真実の自己の探求

この書はインドの哲学者シャンカラ(AD 700-750)の教説書です。
「ウパデーシャ・サハースリー」とは、千の詩節からなる教説の意で
様々な古典を引き合いに出しながら、シャンカラ自身の説を述べています。
頷ける所と、首を傾げる所と入り混じった内容ですが
ヨーガの真実を考察する際に、
いろいろな意味で参考になることは間違いないと思います。
『人は、光に照らされている身体を、誤って発光体である、と見做すように
見者(=アートマン)であるかのように現れている心(=統覚機能)を
『私である』『見者である』と考える。』
(岩波文庫 前田専学 訳)

古の聖者や賢者の言行録&著作などには、
往々にして本人以外の人々による言葉が混入してしまうものですが
このウパデーシャ・サハースリーは、シャンカラ関係では
「確実に真作と考えられる唯一のもの」だといわれている文献です。
ですから彼の思想を知る上で欠かせない資料であることは疑いがありません。

このウパデーシャ・サハースリーに限らず
ウパニシャッドにしても、ヨーガスートラにしても
そこに書かれている内容全てを盲目的に受け入れるというのは
私的には、とても賛成できません。

たとえばスッタニパータにしても
第1~3章には首を傾げるところがしばしば見受けられます。
中村先生によれば、第4~5章は時代的に最古層とのことですが
原始仏典といえども、多くの詩句の中には
後世に付加されたと想われる所も少なくないようです。
ウパニシャッドなども、複数の人達の手によるものが殆どなのですから
思想的な一貫性がないのも当たり前だと思います。

いずれにしましても
盲信や盲従は好ましいことではないということです。

魂の感動

『いくら科学を研究しても、安心立命が得られるわけではない。
あるいは自己を喪失することもあろう。
魂の感動に基づかなければ真の生命を得ることはできない。』
「安岡正篤一日一言」到知出版社

東洋学の大家として広く知られる安岡正篤先生は
沢山の著書を遺されています。
先生の思想に共鳴する処も少なからずありますが
なによりその毅然とした生き様のスタンスに共感します。
あれ程の方はこれからも中々世に出ないでしょう。

私もまだ著作の全てを読破しているわけではありませんが
すぐに手に取れるように何冊かはいつもデスクの上に置いてあります。

『太陽の光に浴さなければ、物が育たないのと同じことで
人間の理想精神というものは心の太陽なのだ。
理想に向かって情熱を沸かすということは日に向かう、太陽を仰ぐということだ。
これがないと人間のあらゆる徳が発達せずしたがって才知芸能も発達しない。』
「安岡正篤一日一言」致知出版社

ふと窓を開け放てば


『これから瞑想の行為にとりかかろうと試みることは
瞑想に入ることではない。
それはいざ善良たろうと志しても、
おのずからなる善性が花開くことがないのと同じである。
素直な心についても、養おうとすればもはやそれは消えてしまう。

瞑想は、ふと窓を開け放てば吹き入る微風のようなものである。
それゆえ、意図的に窓を開けておこうとしたり、
招き寄せようと試みれば、決して姿を現わすことはない。

思考は絶えず様々な自己欺瞞に陥りやすい狡猾なものであり、
それゆえ瞑想のありようとは明らかに一線を画する。
愛と同様、瞑想を追い求めることはできない。』
「クリシュナムルティの瞑想録」平河出版

道元の説く身心脱落は、ヨーガスートラの境地そのものですが
作為的努力の積み重ねによって到達すると考えていたら
それは大きな間違いです。

クリシュナムルティの言うように
「意図的に窓を開けておこうとしたり、招き寄せ」るのでは
決してサマディは訪れないでしょう。

なぜなら
「瞑想は、ふと窓を開け放てば吹き入る微風のようなもの」だからです。
アーサナや観想に励んだり、マントラを懸命に唱えても
ヨーガスートラの説くサマディは、その片鱗すら味わえないでしょう。

道元は次のように語っています。
「この単伝正直の仏法は最上のなかに最上なり。
参見知識のはじめより、さらに焼香、礼拝、念仏、修懺、看経をもちいず
祇管に打坐して身心脱落することを得よ。」

仏教修行の定番ともいえる「焼香、読経、念仏、礼拝」など何もいらない。
祗管打座、つまり坐(参)禅のみにして余分なものを一切廃せよ、という道元に
私はヨーガのエッセンスを感じます。

太一生水


「太一生水」という文献をご存知でしょうか。
1993年に発掘された郭店楚墓竹簡(郭店楚簡)に書かれていたものです。
墓葬年代は、墓葬形態や出土器物から推測して、
戦国中期BC四世紀中葉から三世紀初頭だとされています。

道家といえば「老子」(道徳経)が代表的な文献として知られていますが
「老子」以外にも、この「太一生水」や「恆先」(1994年発見)という
異なった宇宙観、存在論があった事が近年明らかになりました。
詳細は諸々の発掘記録や研究論文を参照ください。

ところで、この「太一生水」では
「水」に大変重要な役割を持たせています。
「太一水を生ず。水反りて太一を輔け、是を以て天を成す。 
天反りて太一を輔け、是を以て地を成す。」

「太一は水に蔵み、時に行りて、周くして<成すこと>或り。 
生ずるを以て、万物の母と為る」

太一とは古代中国における宇宙の根元を表す哲学的概念ですが
直接的に生成に関わるのは、水・天・地まで。
その後は連鎖的に生成されます。

他書で「水」についてどのようなことが言われているのか
その一部をご紹介しますと、、
知者楽水(論語)
上善如水(老子)
優游涵泳(論語)
明鏡止水(荘子)
水滴穿石(漢書)
水髄方円(筍子)
行雲流水(宋史)
等々多々ありますが、
宇宙生成の最初の段階で「水」に着目したのは
中国の文献では、この「太一生水」がはじめてでしょう。

ところで、原子番号1の元素は水素ですが、
これは宇宙で最も豊富にある元素であり、質量では宇宙全体の55%、
総量数では全原子の90%以上を占めていると言われています。
さらにエネルギー源としても
宇宙活動それ自体に大変深い関係があります。

水素の性質や働きの広範さを知れば知るほど
「太一生水」の著者の慧眼に感心するばかりです。

文字の奴隷

『古人の書物を読んでいながら、聖賢の精神にふれなかったならば 
それは単なる文字の奴隷であるにすぎない』
「菜根譚」洪自誠著、講談社

ヨーガに限らず、何かを学ぼうとする際に
上辺でなく、その本質に触れようという姿勢は不可欠だと思います。

クンダリーニJPでは、これからも
ヨーガの技術もさることながら
その原理に焦点を当ててゆきたいと思います。

功業不建。是以非耳

三国志の重要なキャストのひとり劉備玄徳は、
荊州の地で、ある日の午後「髀(ひ)肉の嘆き」にくれます。
正史三国志蜀書によれば、
「日月若馳。老将至矣。功業不建。是以非耳。」と呟いたといいます。
(月日の経つのは早い。老いも目前に迫っている。 
だが、私は未だに志を遂げることが出来ない。
なんとも不甲斐ないことだ。)

その時、劉備玄徳46歳。
若き日の旗揚げから20年以上経ちながらも、
胸に抱き続けた志にはまだまだ程遠く、
ひとり腿の贅肉を嘆くのでした。
それは戦場から永く遠のいていた証左でもあり、
武人として恥ずかしいことでもあったのです。

乱世を終わらせて平和をもたらし、
民の生活を苦しみから脱却させること。
でも、その彼の志を実現するための具体的な手立てを
玄徳は、まだ見出すことが出来ませんでした。

その後まもなく、
三顧の礼をもって諸葛了を迎えることになりますが、
それはこの「髀肉の嘆き」による所も大きいと思います。
大儀の為に、頭を下げて、
若き孔明を軍師に迎えたことで
のちに魏、呉、蜀の3国による天下3分の計が成りました。
悩みは人を成長させることができる、という好例でしょう。

私もいつの間にか
この時の劉備玄徳よりも歳上になってしまいました。
時間に追われるせわしない毎日ですが、
でも、やり遂げたいことがまだまだたくさんあります。

2010年4月28日水曜日

道に迷わない為に

最近はGPSが携帯でも使えるようになりましたので
方向感に弱い方でも道に迷うことなく、随分便利になりました。
そもそも道に迷うのは、
「自分が今どこにいるのか」がわからないことに起因します。
現在位置がわからないのですから、
当然「目的地までどのように行けばいいのか」も不明です。
そこで不本意ながらあちこち歩き回り、
時間とお金を浪費することになります。
またやもすれば、曲がり角で交通事故にあうこともあるでしょう。
ヨーガでも同じことです。
私もしばしばインストラクターの先生やヨーガ歴の長い方から
「どうしたらいいのかわからない」という質問を受けます。
その傾向は、不勉強な方よりも、
むしろ熱心に汗を流している方に多く見られますが
皆さん総じてやればやるほど疑問が強くなってゆくとの事です。
もしヨーガの指導者が、道に迷っているようでは
ご本人もさることながら、お弟子さんたちも可哀想だと思いまして
とりあえず次のようなアドバイスをさせて頂いています。
それは「全体像を知る為の手段」でもあります。
友人から、XXX市の市役所前で待ち合わせましょう、とメールが来ました。
でも、XXX市なんて行ったこともありませんので、
どこにあるか皆目見当もつきません。
そこで一番楽な方法は、ヤフーの「地図」で市役所の名前を検索します。
すると最初は丁目レベルの拡大地図が表示されます。
でもそれでは自宅からどの方向なのかよくわかりませんので
順に縮尺を変えて(大きくして)位置関係を確認します。
そこで大体の場所がわかったら、
次に「路線」検索を使って最短距離の経路を調べます。
目的地に到達するには、
概ねこのような下準備の手順が役に立つわけですが
ヨーガの場合でも、サマディを目指すのならば
まず全体像を把握するところから始めなければなりません。
全体像を把握してから、そのプロセスとカリキュラムを決め
トレーニングを開始してからは、常に
自分が今どこにいるのかを確認する必要があります。
それができていれば、もはや「道に迷うことはない」はずです。
ヨーガスートラは、多少の「付け足し」はありますが
全体的に見ますと、極めて有効な旅の行程表であり評価できる文献です。
ですが、どんなに素晴らしい地図でも
「読み方」がわからなければ役に立ちません。
つまり問題は
「ヨーガスートラを正しく理解できるかどうか」にかかっているのです。
そこで私は、次の三つの「探」をいつも心掛けています。
 探源・・・源を探ること
 探原・・・原理を探求すること
 探限・・・限界を知ること
探源によってヨーガスートラの書かれた背景を知ることができます。
誰が、いつ、どこで、どんな目的で、
何をどのように達成させようとして、書いたのか。
探源を知ることができたら、
次は理論を具体化する技術体系の原理を探ります。(探原)
そして探限ですが、これは自らの限界を知るのではなく
その技術体系の限界を探ることを意味します。
つまり広域&詳細な地図と、
新幹線や地下鉄の路線図等の両方が必要なのですが
目的地が海外ならば、
国内交通機関の限界を超えているわけですから、航空路線図もいるわけで
その為にも「探限」は外す事ができない要素なのです。
ヨーガスートラのゴールは、
純粋観照者の出現とそれに続く真我独存です。
しかしながら、本文を読みますと、
無種子三昧という高い境地があることが示唆されています。
「最後に、この真智をも止めてしまった時、
一切の心の作用が止まってしまうから、無種子三昧が出現する。」
(ヨーガスートラ1-51)
さまざまな三昧の説明が何ページにもわたって続き
最終段階の無種子三昧という句にようやく話題が行き着いて
いよいよその解説かと期待しつつページをめくりましたら
なんと「第2章」ということで、、、。
30年前のことですが、凄くがっかりいたしました。
つまりヨーガスートラの終点は最終目的地ではなく、
乗り継ぎをするための中継点だったわけです。
私の経験で言いますと、下手な喩えですが
東京から成田(ヨーガスートラのゴール)まで成田エクスプレスで行き
今度は成田国際空港からエールフランスでパリに行く、
といったところでしょうか。
ヨーガスートラの説く8部門のヤマ・ニヤマは予備条件ですから
飛行機に持ち込めないものをチェック(禁戒)したり、
胃腸薬などを用意(勧戒)したりと、
まだ自宅で旅行の荷造りをしている段階です。
次のアーサナ、プラーナヤーマ、制感は
準備段階としての外部の部門だそうですから
自宅から東京駅までのプロセスでしょう。
そして「ヨーガの本命」と言われる凝念、静慮、三昧が
成田エクスプレスと言っていいと思います。
この国内の行程がヨーガスートラの領域だとしますと、
離陸してからは、今度はウパニシャッドの世界です。
個のムスビから、個と全体とのムスビに変わります。
自宅から東京駅まで、そして東京駅から成田まで交通機関も様々です。
リムジンバスが好きな方もいれば、
成田エクスプレスを常用する方もいるでしょう。
顕教ヨーガ、密教ヨーガ、それぞれ沢山の流派がありますが
いずれを選ぶかは個人の好みなのです。
ですが、どれを選ぶにしても
道に迷わない為には、全体図を知ること
そして常に自分がどこにいるのか、現在位置を把握しておくことです。
見知らぬ人にデタラメを聞いて、
変な方向へ行かないように気をつけましょう。

ヨーガの語源


ヨーガという言葉の意味は、
一般に「結ぶ」、「合一」などと説明されています。
ヨーガ研究の大家として知られる佐保田鶴治博士の著書によれば、
馬と馬車を繋ぐ事が語源になっているようです。(「ヨーガ根本経典」P25)
ウパニシャッドには、先生のご指摘のように、
「アートマンを車主と知れ。肉体を車、覚を御者、意を手綱と心得よ。
賢者たちは、もろもろの知覚器官を馬とよび、
諸知覚に対応する諸対象を道路とよんでいる。」と、あります。
(同書P28、カタ・ウパニシャッド3・3-4)
つまりヨーガの意味する「結ぶ」という対象は、
このウパニシャッドの記述にひとつの答えをみることが出来るわけです。
でも実際にはそんなに簡単な結論ではありません。
30年近く前になりますが、この佐保田先生の御本を読んだ時に、
まず「何と何を結ぶのか」というかなり本質的な疑問を持ちました。
もちろん、このウパニシャッドの答えも説得力のあるものですが、
アートマンとは何か、覚とは何か、意とは・・・と考えを詰めてゆきますと、
どんどん迷宮に入ってゆくようで、とても難しくなります。
これはヨーガの定義というアイデンティティに関わる重要なテーマです。
それだけに、深く考えれば考えるほどたくさんの答えが浮かびます。
ですから言葉を操るだけでは、容易に結論が得られるものではなく、
たとえいくつか結論めいたものが浮かんだとしても、
ヨーガの実践を通しての体験的な確認という部分がどうしても必要になります。
私もたくさん答えを用意したのですが、そのどれもが正解に思えてきました。
消去法で消し去るには惜しいというか
それはそれで各々納得のいくものでした。
ただ、ものには然るべき順序があります。
つまりそれらたくさんの答えに
何らかの基準で序列をつけることが出来るわけです。
そこで約30年かかって自分なりの答えを出したのが
「観の階梯」と「5種類のムスビ」です。
つまりBody、Mind、Spiritの三つの分野で
それぞれのムスビを確立してゆくわけです。

2010年4月24日土曜日

シッダールタ-6

さぐり求めること

『シッダールタは言った。
「私がおん身に何の語るべきことがあろうか、おん僧よ。
おん身はあまりにさぐり求めすぎるとでも言うべきかもしれない。
さぐり求めるために見いだすに至らないのだとでも」

「いったいどうして?」とゴーヴィンダはたずねた。
「さぐり求めると」とシッダールタは言った。
「その人の目がさぐり求めるものだけを見る、ということになりやすい。
また、その人は常にさぐり求めたものだけを考え、
一つの目標を持ち、目標にとりつかれているので、
何ものをも見いだすことができず、
何ものをも心の中に受け入れることができない、
ということになりやすい。

さぐり求めるとは、目標を持つことである。
これに反し、見いだすとは、
自由であること、心を開いていること、目標を持たぬことである。

おん僧よ、おん身はたぶん実際さぐり求める人であろう。
おん身は目標を追い求めて、
目の前にあるいろいろなものを見ないのだから」』
(ヘッセ「シッダールタ」新潮文庫)

彼は「探り求めること」の是非を正面から問いかけています。

ヨーガスートラは、真我独存と共に純粋観照者への道を示しています。
観照とは、それこそ自由であること、心を開いていること
そして目標を持たぬこと、から起こります。

汗水流して熱心に頑張ることは美しいかもしれませんが
懸命に探り求めているうちは、観照には至りません。

観には、観想、観察、そして観照があります。
それぞれの意味の違いを自ら体験することによって
観照の持つ大いなる力を理解されてください。

観想や観察には作為が伴いますが
観照は無為の領域に於いて起こります。

私がヨーガを特定の宗教と結び付けたくないのは
まさに宗教の要求する信仰が、この観照を妨げるからなのです。

信仰を捨てなければ悟れない、という釈迦の真意もそこにあります。
信仰無きヨーガの世界こそが、サマディへの道なのです。

「見るためには、
あなたは一切の権威や伝統や恐怖、
あるいは狡猾な言葉に満ちた思考から自由でなければならない。
真理はどこか遠くにあるのではなく、
あるがままの現実を見きわめることにある。
あるがままの己れの姿を曇りなく、
あれこれの判断を何らさしはさむことなく見ることこそは、
一切の探求の始まりであり同時に終わりである。」
(「クリシュナムルティの瞑想録」平河出版社)

シッダールタ-5

『「シッダールタ」は、成就したもの(シッドハ)と、
目的(アールトハ)との結びついたことばによっているが、
涅槃に入った仏陀の教えを説いたり、成道を賛美したりするのではなく、
あくまでヘッセ自身の宗教的体験の告白である。』
(「シッダールタ」の解説より)

訳者の高橋先生によれば
ヘッセは第一部を短期間で書き上げたものの
第二部には入るとぴたっと筆が止まってしまったとのことです。

「解脱したシッダールタを描くまでに
ヘッセの体験が熟していなかったからであろう。」(同書)
ということらしいのですが、
それはヘッセ自身も次の様に語っています。

「いつもよりもきびしく、
自分の生活しなかったことを書くのは無意味だという経験をした。」

それで前号でもご紹介したように「瑜伽の行」にいそしんだそうです。

ですので、かなりのリアリティを持った作品に仕上がっているわけですが
この作品でヘッセが語る「悟りの世界」は、
いわゆるヨーガで到達できるレベルではないと思います。

むしろヨーガの限界を意識した上で、
その彼方に位置する領域までを見据えているような気がしてなりません。
それは今回の連載の冒頭に書いたように
『すでにして彼は、自己の本性の内部に、
破壊しがたく、宇宙と一体なるアートマン(真我)を知ることができた。』
という記述からも推しはかることができます。

シッダールタ-4

前項で私は次の様に書きました。

「このように釈迦は、
釈迦自身に対する礼拝を拒否するだけでなく
他に依存するような弱さや、そして信仰すらも否定することによって
厳しいまでの自己実現を主張していたのです。」

この考え方は、
ヘッセも『シッダールタ』において明示しています。

31ページからの「ゴータマ」の章で、
シッダールタと彼の友で一緒に沙門となったゴーヴィンダは
ついに釈迦と出会い、彼らは釈迦を解脱者と認めますが
釈迦に弟子入りを望んだゴーヴィンダを残して、
シッダールタは別離の道を選びます。

そして遊女と愛し合い、博打の世界に埋没してゆくわけですが
あまりの荒んだ生活に自暴自棄に陥り、自殺を試みます。
釈迦の説く戒律などから遠く離れた生き方をしてきた彼は
その後も紆余屈折しながら、ついに解脱するわけですが
一方のゴーヴィンダは、厳しい戒律と修行の人生を過ごしたにもかかわらず
解脱には程遠く、なんら心の平安も得られませんでした。

最終章で、二人は再会するのですが、
その時にゴーヴィンダはシッダールタの中に真の解脱者の姿を見ます。

破天荒でいわゆる聖者像とは全く異なる様子のシッダールタは
単なる宗教的な思い込みではなく、
真の自由を獲得し、深遠なサマディを体得していたのです。

この作品に於いて、
ヘッセは老荘の世界に通ずる、求道者の在り方を、見事に描きましたが
翻訳者の高橋先生によれば、
ヘッセ自身「瑜伽の行」にいそしみながら執筆に3年の年月をかけて、
かなりの苦労をしたとのことです。

瑜伽とは、いわゆるヨーガのことですが(中国に於ける音写)
高橋先生がなぜヨーガと書かずに「瑜伽」と表記したのか
私はそこにとても興味があります。

シッダールタ-3


『いけにえをささげ、神々に呼びかけることは、すばらしかった。
しかし、それがすべてだったろうか。いけにえは幸福をもたらしたか。』
(新潮文庫より)

「自灯明、法灯明」という言葉があります。
これは
「自らを灯明とし自らを所依とし、法を灯明とし法を所依とせよ。」
という意味ですが、
もともとの出典は「大パリニッバーナ経」という原始仏典です。

釈迦が亡くなる前、
若いアーナンダは呆然自失して悲しみに震えていました。
しかし釈迦は次の様に語り掛けます。
(以下引用はすべて岩波文庫、中村元先生の訳より)

「アーナンダよ。
今でも、またわたしの死後にでも、
誰でも自らを島とし、自らをたよりとし、他人をたよりとせず、
法を島とし、法をよりどころとし、
他のものをよりどころとしないでいる人々がいるならば、
かれらはわが修行僧として最高の境地にあるであろう、
誰でも学ぼうと望む人々は。」と。
(「ブッダ最後の旅」より)

これに類する記述は、他の原始仏典にも幾つか見受けられます。

ダンマパタ(法句経)には、
「自己こそ自分の主である。
他人がどうして(自分の)主であろうか?
自己をよくととのえたならば、得難き主を得る。」
(「ブッダの真理の言葉、感興の言葉」より)

また最も古い経典といわれる「スッタニパータ」にも
「あまねく見る方よ。
わたしはあなたを礼拝いたします。シャカ族の方よ。
わたしを諸々の疑惑から解き放ちたまえ。」
というドータカに対して、釈迦は次の様に明言します。

「ドータカよ。
わたしは世間におけるいかなる疑惑者をも解脱させえないであろう。
ただそなたが最上の真理を知るならば、
それによって、そなたはこの煩悩の激流を渡るであろう。」
(「ブッダのことば」より)

また同じ経典には、次の様な衝撃的な内容も書かれています。

「ヴァッカリやバドラーヴタやアーラヴィ・ゴータマが信仰を捨てたように、
そのように汝もまた信仰を捨て去れ。
そなたは死の領域の彼岸に至るだろう。」
(「ブッダのことば」より)

このように釈迦は、
釈迦自身に対する礼拝を拒否するだけでなく
他に依存するような弱さや、そして信仰すらも否定することによって
厳しいまでの自己実現を主張していたのです。

ですから後世の仏教が、
ともすれば釈迦の意思に反していると思われてしまうのも
無理からぬことでしょう。

シッダールタ-2

『水浴は良かった。
が、それは水であって、罪を洗い去りはしなかった。
精神の渇をいやしはせず、心の不安を溶かしはしなかった。』
(新潮文庫より)

18歳からずっと1000日間にわたり水行を行い
冬は深山幽谷の滝に打たれていました。

当初密教の先達から、水行や滝行は
罪穢れを祓い清め、魂を清らかにする、と言われました。
それを信じて日夜がんばったわけですが、
途中でそれらは信仰の産物であることに気付きました。
沐浴も滝行も単に体に水を当てるだけのものであり
水それ自体には、罪穢れを祓い清めるような神秘的な力などありません。

ただ、ヨーガのチャクラやクンダリーニ理論から考えた場合
全く無意味というわけではないこともわかりました。
(かなり危険なのでお奨めはしませんが)

冬など厳しい寒さの中で滝に打たれたり、水を被りますと
一気に体温が下がります。
そこで体温に関する恒常性維持機能を鍛えるわけです。
つまりどのくらいの時間で体温が戻るかをテーマにしていました。
滝から出ますと、歯が噛み合わないほど全身が冷えきっていますので
ガタガタ震えて、最初は体温が戻るまでに大分時間がかかりました。

そしてある日の明け方、まだはっきりと覚えていますが
濡れた白衣を脱ぐときに、全身からモクモクと湯気が立ち上りました。
その刹那、不動明王の仏像ではありませんが
背中に、火炎を背負ったようなもの凄い熱とエネルギーの上昇を感じました。
予兆としては、その1週間前くらいから、
護摩壇に向かうときになんとなく感じてはいたのですが、
それにしても劇的な体験でした。

シッダールタ-1


『すでにして彼は、
ことばの中のことばなる「オーム」を、声を出さずに口に発し、
吸う息とともに、声を出さずに自分の中に向かって言い、
吐く息とともに、声を出さずに自分の中から外に向かって言うことができた。
魂を集中し、明思する精神の輝きに額を包まれて。
すでにして彼は、自己の本性の内部に、破壊しがたく、
宇宙と一体なるアートマン(真我)を知ることができた。』
(新潮文庫より)

これは『シッダールタ』の2ページ目にでてくる記述です。
高校の頃、最初にこれを読んだとき、もう彼は卒業ではないかと思いました。
なんで修行に出る必要があるんだろうと、不思議に思ったものです。

禅で悟りのことを「見性」と言いますが
私は当時これを、「本性を見ること」と単純に解釈していました。
辞書(大辞林)などでは、
「修行によって表面的な心のあり方を克服し、
自分に本来備わっている仏の真理を見きわめること。」
と書いてありますし、「見性成仏」という言葉もあります。
こちらは、「禅宗で、見性して、悟りを開くこと。見性悟道。」という説明です。

また、「直指人心、見性成仏」という禅語は、
「教説や修行によることなく、座禅によってただちに自分の心の本性を見極め、
悟りを開いて仏と成ること。」という意味だそうです。

仮に、人間が本質的に仏性(=宇宙と一体なるアートマン・真我)を持ち、
それに気付くことで悟る、という発想によるならば
冒頭のシッダールタは、すでに悟りの境地に至っていると考えたわけです。

仏の定義も様々なので、
当然仏性についてもいろいろな捉え方がありますが
当時は、彼が出家する必要がどこにあるんだろうかと、
単純に疑問に思ったものでした。

2010年4月23日金曜日

年賀状

手すきの和紙に墨書。
直筆です。
家宝です。

知と愛


ヘッセの代表作のひとつ。
原題は「ナルチスとゴルトムント」といいます。

「シッダールタ」でひとりの修行者の苦悩を描いたヘッセは、
この作品では真理を求めるふたりの人間に異なった道を選択させます。

ナルチスには宗門に留まり
厳格な戒律と純粋培養的な修行人生を歩ませ、
ゴルトムントには芸術家的な生き方で、
魂の赴くままに波乱万丈な道を歩ませました。

ヘッセは「シッダールタ」でも
釈迦に従ったゴービィンダには
さとりの叡智を与えませんでした。

宗教的束縛や盲目的信仰の中からは、
真の魂の自由は得られないということなのでしょうか。

人は人生の紆余屈折を通して、
人間本来の姿に徐々に目覚めてゆきます。

よくコップで海水をすくうことに喩えるのですが、
既成の宗教は、生きた海水(人間の魂)ではなく、
特定のコップ(型)の在り方に拘り過ぎるような気がします。

型にこだわることで、
生の本質を見逃してしまう事を危惧したヘッセは、
自らも、晩年、形骸化した伝統的な宗教ではなく
芸術と、ヨーガによる内的な体験を通して
真実を見出そうとしていました。

ゴルトムントの選んだ世界は
ある意味でヘッセ自身の選択でもあったのでしょう。

信仰心


クンダリーニJPでは
ヨーガに信仰を持ち込むことを好ましく思いません。
なぜなら盲目的信仰に固執することが
サマディへの道を閉ざすことに繋がると考えるからです。

この点については
最古の仏典「スッタニパータ」に於ける釈迦と同じ見解です。

『ヴァッカリやバドラーヴダやアーラヴィ・ゴータマが信仰を捨て去ったように、
そのように汝もまた信仰を捨て去れ。
そなたは死の領域の彼岸に至るであろう。』
(スッタニパータ 1146、岩波文庫 中村元訳)

ところで同経典では
『あまねく見る方よ。わたくしはあなたを礼拝します。
シャカ族の方よ。わたくしを諸々の疑惑から解き放ちたまえ。』
と願うドータカに対して、釈迦は次のように語っています。

『わたくしは世間におけるいかなる疑惑者をも解脱させ得ないであろう。
ただそなたが最上の真理を知るならば、
それによってそなたはこの煩悩の激流を渡るであろう。』

つまり、特定の神(仏)に対する盲目的信仰はもちろん
師に対する盲従もまた好ましいものではないと言っているのです。

仏陀、イエス、老子、孔子等
人類の宝とも言える偉大な賢人・聖人に対してすら
その言を無批判に受け入れ、その姿をひたすら礼拝するというのは
必ずしも賢明な道ではないのではないだろうか?ということです。

『神とは何ですか?』
という質問に対して、クリシュナムルティは 

『どうやって見出すつもりだろう?
誰か他人の情報を受け入れるつもりだろうか?
それとも神とは何かを自分で見出そうとしているのだろうか?
質問をすることは容易だが、しかし真理を体験するには
大いなる英知、大いなる探究が必要になる。

だから第一の質問は、
君は他人が神について言うことを受け入れようとしているのだろうか、
ということである。

それが誰かは問題ではない。
クリシュナであれ、仏陀であれ、キリストであれ。
なぜなら彼らはみなまちがっているかもしれないからである
そしてそのように、君の特定のグルもまちがっているかもしれないのだ。

そう、何が真理かを見出すには、
君の精神は見出すべく自由でなければならない。
つまりそれは、

精神がむやみに受け入れたり信じたりしないことを意味している。
私は君に真理の記述を伝えることはできるが、
しかしそれは君自身による真理の体験と同じではないだろう。

すべての聖典は神とは何かを述べているが、
しかしその記述は神ではない。
『神』という言葉は神ではないのだ。違うだろうか。』
クリシュナムルティ「花のように生きる」

道元もまた、この点について「正法眼蔵随聞記」で次のように語っています。

『また昔の人の言葉であっても、それに固執してはいけない。
これも、もしかしたら正しくないのではなかろうか、
信頼するにつけてもなお念を入れて考えて、
それよりすぐれた点があれば順次すぐれた方に従うべきである。』
(水野弥穂子訳)

神仏への盲目的信仰や先師への盲従によらず
自らの体験と深慮を通して、先師の気づきを検証してゆく姿勢こそ
あるべき真理へのアプローチだと思います。

『道を得ることは、まちがいなく身をもって得るのである。
だからこそ坐禅を専一にしなければならないと思われるのである。』
(「正法眼蔵随聞記」水野弥穂子訳)

あるがままに


どんなに汗を流して頑張っても
アーサナや呼吸法などに固執しているようでは
サマディは遥か彼方の境地であり、到達する事などできないでしょう。

マントラやムドラー、集中法や観想法など
小手先の所作が多ければ多いほど、余計な作為にまみれ
正しい<瞑想>にはなりません。
それらは、本来のゴール(サマディ)から
かけ離れたものであることを知るべきです。

伝統や真伝という言葉の陰で、
ヨーガの技法が形式に囚われたり、
ただの観想遊戯に陥ってしまっては
ヨーガスートラの説くサマディなどそれこそ夢のまた夢です。

真我が有形であるならば、作為的な所作もありえますが
真我は有形ではなく、無形なのです。
従ってサマディへのアプローチも無形でなければなりません。

”無形を以って無形に対する”

ヨーガスートラは、まさにそれを要求しているのです。

ですから、形骸化し、無用な作為にまみれたヨーガでは
存在の深みに触れることなど到底出来ません。
ヨーガがその真価を明らかにするためにも
今、その真実が問われるべきだと思います。

「瞑想してはならない―在りなさい!
あなたは在ると考えてはならない―在りなさい!
在ることについて考えてはならない―あなたは在る!」
『あるがままに』 ナチュラルスピリット

ヨーガの宗教理念


佐保田鶴治博士は、その著書「ヨーガの宗教理念」の中で
インドにおける近代の偉人(グル)として次の3人を挙げています。

ラーマクリシュナ・・信仰的ヨーガの代表者
ヴィヴェーカナンダ・・行為的ヨーガの雄
ラーマナ・マハーリシ・・智的ヨーガの指導者

確かにこの人選は多くの人々の同意を得ることと思いますが
残念ながら私には信仰心がないので、あえて別の人選をしたいと思います。

ラーマナ・マハーリシ・・真理の体現者
クリシュナムルティ・・智慧の体現者

インドには昔からグルと呼ばれるマスターが多数居られますが
この両師はひときわ輝きを放っているように感じます。

かつてヨーガを志した時に
彼らに対し一種の憧れに近いものを抱いていましたが
特にラーマナ・マハーリシについては、さまざまな逸話から
サットグルとはこういうものかと、すごくリアルなイメージが持てました。

サットグルとは、佐保田博士によれば次の様な定義になります。

「立派に悟りを開いたひと、
つまり万有の自我である大霊との合一を実現したひと。
これが真の意味でのグルであって、これをサットグルという。」

このサットグルの条件、あるいは客観的な判定基準とは
まさに高次のシャクティパッドができるかどうかという点にあります。

ラーマナが実際にどのように行なったかは
「ヨーガの宗教理念」を参照されるといいでしょう。

最後の日記


「瞑想は言葉でも、マントラでも、自己催眠でも、幻想への麻薬でもない。
それは意志を持たずに起こらなくてはならない。

それは夜のしじまの静けさの中に起こらなくてはならない。

そのときあなたは急に目覚めて、頭脳が静かであるのを知り、
瞑想特有の本質が働きつづけているのを知るのである。

それは新鮮な朝の光で
緑色を帯びた、丈高い草の中の一匹の蛇のように、音もなく起こるのである。

それは頭脳の奥底で起こらなくてはならない。

瞑想とは達成ではない。

そこには方法も方式も実習もないのである。

瞑想がはじまるのは比較が終わり、
何かになる、ならないということが終わるときである。」
『最後の日記』平河出版社

35年前まだヨーガを始めて間もない頃
秘伝とされるマントラや瞑想法などに、とても惹かれました。
何か特別な神秘体験ができるんじゃないかと期待して
伝授の度に胸を躍らせたものです。

数年かかってたくさんの「秘伝」をコレクションすることが出来ましたが
想いに反して、それらに対する夢と期待は、惨めに消えてゆきました。

瞑想法と称している宗教がかった小手先の技や
勿体つけたマントラや経文などに
果たしてどれほどの意味があるのか?
私自身随分迷い、思い悩みました。

そんな時、ラーマナ・マハーリシとクリシュナムルティは
たくさんの気づきを与えてくれました。

結局のところそれらの秘伝は、サマディには程遠いものだったのです。
サマディは、そんなもので得られる境地ではなかったのです。

以来私は
宗教的マントラ、グルや神仏への礼拝や祈り、などの要素を持った瞑想法には
期待と依存を持たないことにしたのです。

「心の作用を止滅する」ことがヨーガの定義なのですから
冷静に考えてみれば当然のことでしょう。

そんなこともあって、現在指導している瞑想法は
ヒーリングメディテーションなどのビギナー向けの一部の例外を除いて
ほとんどが無為系のものになっているのです。

沈黙と無為のメディテーションは
デコレーションの多い瞑想法よりも遥かに強い力を放ち
より深い境地へと誘ってくれます。

巷の瞑想法にありがちな表面的な飾りに惑わされることなく
「沈黙と無為」に秘められた深遠な世界をぜひ体験されてください。

「瞑想は言葉の終わったところからはじまる。
思考の器である言葉によっては沈黙は生まれない。

沈黙から湧きあがる行為は言葉から生まれる行為とは全く異質である。

瞑想とはあらゆる表象やイメージ、記憶から、精神を自由にすることである。
『クリシュナムルティの瞑想録』

このクリシュナムルティの言葉を、しっかりと噛み締めて
ヨーガ上達に役立てて頂ければと思います。

花のように生きる


「集中と瞑想とを区別しましょう。
今あなたが瞑想について話すとき、あなたたちのほとんどがいうのは、
たんに集中のこつを学ぶという意味です。
ですが、集中は瞑想の喜びにつながりません。」
 『花のように生きる』 星雲社

私は常日頃、講習会の場で
「ヨーガに於いて集中は、邪魔にこそなれ益にはならない」
と申し上げています。

集中は、ヨーガの様々な技法をマスターする上でも
また、ヨーガスートラの説くサマディを体得する上でも
妨げにしかならないといってよいでしょう。

その理由については
理屈よりも体験としてご理解頂いたほうがよいと思い
いつも参加者の方々に実地で味わって頂いております。

サマディの為の瞑想には
小手先の集中法や、観想法、チャンティング等全く不必要なのです。
その程度の技術と理解では、サマディを体験しようと試みても
結局のところ、無益な徒労に終わります。

世の中には瞑想法と称していても
「迷走法」や「妄想法」の類としか思えないものが少なくありません。

あるいは時として、宗教的なお祈りや観想法が
さもヨーガの秘伝であるかのように講釈されていますが
それらは宗教の世界のアイテムであって
ヨーガが本来的に要求するものではありません。

サマディの為の瞑想とはどのようなものなのか? 

それはヨーガの全体図と覚醒へのメカニズムを正しく知ると共に
みずから体験し、検証する過程で、自ずと悟るものなのです。

2010年4月20日火曜日

預言者の言葉


『人は死の神秘について知りたがります。
しかしその答えは、生命そのものの中に求めてこそ
はじめて見つけることができます。』
「預言者の言葉」 カリール・ジブラン著

私がジブランの本を手にしたのは30年前のことです。
当時は英語版しか持っていませんでしたが
とても爽やかで、新鮮な響きを感じました。

彼は1883年レバノンに生まれました。
貧困の中で育ちましたが、1895年に家族と共に米国に渡ります。
その後、アラビア語と英語で、哲学的な詩を発表しました。
本書は1923年の作ですが、世界20ヶ国以上で出版されました。
出版社曰く「20世紀のアメリカで聖書の次に売れた本」だそうです。

『死ぬということは
生まれたままの姿で風に立ち太陽に融けてゆくこと。
そして、休みなく打ち寄せていた呼吸の波から息が解放されること。
その息は神を求め、もう何の妨げも受けずに
天へと広がりながら昇っていくのです。』

本書は、技術的にはあまり役立ちませんが
稀に、核心をつく言葉に出会います。
もしかしたらスーフィーの影響を受けているのかもしれません。
『私は神の手が触れる竪琴になれるのだろうか?
それとも横笛となって、そのなかを神のひと息が駆け抜けていくのだろうか?』

この部分は「中空の竹」や「虚」の境地そのものです。
機会がありましたら一度手にとられてください。
静かな泉の畔に佇み、その澄んだ水に触れるような味わいがあります。

ウパニシャッド~ヨーガ


ヨーガスートラは
顕教ヨーガの基本書として技術的にとても役立ちますし
それを体験することによって、ヨーガの本質に触れることが出来ます。
しかしながら ヨーガスートラの境地は、本当にヨーガのゴールなのでしょうか?

ヨーガスートラは「心の作用の止滅」をヨーガの定義とし
純粋観照者である真我が、自己本来の状態にとどまることを目指します。
それについて佐保田鶴治博士は
「ヨーガのねらいは、真我の独存を実現することにある」 と述べています。
(「ヨーガ根本経典」)

このヨーガスートラは
紀元400~450年頃に編纂されたものですが
これが書かれた背景について深く考察しませんと
その意図するところを知ることは出来ません。

この一連のインド思想は、ヴェーダに始まります。
そしてカタ・ウパニシャッドに於いて一応の成熟をみるわけですが
ヨーガスートラにおけるヨーガの定義は
しっかりとその中に反映されています。

結論を言うならば、ヨーガスートラのゴールは
ウパニシャッドの理想に至る為のプロセスのひとつに過ぎないのです。

ですから
「ウパニシャッドを読まずして、ヨーガスートラの全体像を知ることはできない」
といえます。

ヨーガの役割とは何か?
真我とは何か?
一体最後はどうなるのか?

ウパニシャッドとヨーガスートラの関わりについて研究することは
ヨーガを真に理解する上で不可欠だといってよいでしょう。

2010年4月19日月曜日

説文解字



紀元前3世紀に秦が中国を統一すると、字体統一の運動がおこり
丞相の李斯、趙高、胡母敬らは全国に秦の書体を広め
これに合わないものを駆逐しょうとしました。
これが「説文解字」の基本体となっている篆(てん)書です。

漢代に中国文化が大いに発展し、文字の使用が多面的になると
文字・言語の研究を促すことになりました。
そして、ついに後漢の許慎が「説文解字」を著わして(AD100年頃)
文字成立の根拠を学問的に確立しました。
「説文解字」には、なんと9353字が収録されています。
さらに異体の文字を含めると、10516字にのぼります。
紀元2世紀の中国の文化水準は世界でもトップと言ってよいでしょう。

我々は恋愛と言う熟語を普通に使っていますが
恋と愛を別々の概念として文字で表記しているのは
漢字以外ではほとんどないと聞いた事があります。

メンタリティの深さというか、文化の奥行の深さというか
それは文字表現に密接に関わっていると私は考えます。
その意味で、紀元前にこれだけの文化的大事業を成し遂げた
中国文明の偉大さに感動すら覚えます。

私は何も信じない


クリシュナムルティは1895年にインドで生まれました。
彼は14歳のときに、神智学会によって
マイトレーヤつまり末法の世を救う救世主として選ばれました。
そしてベサント達による過酷な英才教育が始まったのです。

しかしながら彼は、周囲の過大なまでの期待に反して
徐々に、真理の組織的な追求に否定的になってゆきます。
そして1929年、自らの信念に従って、ひとり教団を去りました。

彼は、欧米を旅しながら
たくさんの言葉を使って多くの人々に語り掛けました。
ラマナマハリシとは異なるアプローチで
彼は真の解放と、自己探求をテーマに
人々の覚醒を促し続けたのです。

1986年に彼が息を引き取ったと知った時
とても寂しい気持ちになったのを思い出します。

2010年4月13日火曜日

二百三高地

最後に、宮中に参内した乃木大将が
天皇陛下の前で、「復命書」を奏上するのですが
さすがに涙がこみ上げてきました。
(涙もろい方ではないのですが。。)
この作品は、一見の価値があると思います。

出雲合宿-10

今回は、単なる観光ではなく歴史ツアーでしたので
バスで移動する時には、毎回、次の目的地について解説をしました。
出雲神話を読み解く場合に、まず考えなければならないのは
古事記、日本書紀、出雲風土記の共通点と相違点です。
もちろん、それぞれの成立背景から研究しませんと
正しく理解することはできません。
古事記にあって、日本書紀にないもの
日本書紀にあって古事記にないもの、を精査するとともに
出雲風土記との比較も必要になります。
ですから、出雲空港から神魂神社に向かう途中で
その辺りから解説を始めたわけです。

2010年4月12日月曜日

出雲合宿-9

今回の最終訪問地、古代出雲歴史博物館へ。
到着するやいなや予約をしていたカフェ・阿礼(博物館2階)へ。
開放感のあるとても清々しいお店です。
メニューは、古代米薬膳カレーセット!

初日(10日)の夜が
アワビ、サザエ、ウニなどの海鮮中心の夕食で
予想はしていたものの、結構食べ過ぎてしまいました。
この日はややセーブ気味に薬膳カレーを選択したのですが
他の方のを半分頂いたので、やや満腹。

こちらのカレーのお米は、古代米。
クコ、松の実、ウイキョウ、八角、桂皮、花椒、丁子、出西生姜等
生薬の原料にも使われるような素材を使った甘口のカレーでした。

見学を終えて、博物館から空港に直行しましたが
搭乗を待つ間に、今度は出雲そばを頂きました。
いつもは大社近くの老舗・荒木屋ですが
今回は時間の関係で空港内のお店でした。

出雲合宿-8


あいにくの雨でしたが、日御碕神社へ。
ご祭神は、素盞鳴尊と天照大神です。
少し歩くと見える出雲日御碕灯台は
高さ日本一として有名です。
お天気がよければ
青(海と空)と白(灯台)のコントラストが綺麗なのですが。
ところで、32年前に
この近くにあった国民宿舎に泊ったことがあります。

丁度ウミネコの産卵期でしたので
もの凄い数の鳥たちが飛び交っていたのを思い出します。
それで、その中心となる経島へ向かったのですが
今回は、なぜか寂しい風景でした。

出雲合宿-7

こちらは出雲大社本殿近くの大国主神の像です。
一体何に向かって礼を尽くしているかと言うと、、、

大国主神ご自身の「奇魂、幸霊」です。
日本書紀には、次のようにあります。
「時に神しき光海に照して、忽然に浮かび来る者有り」
「大己貴神問いて曰はく、
『しからば汝は是誰ぞ』とのたまふ。
対へて曰はく、
『吾は是汝が幸魂奇魂なり。』といふ。
大己貴神の曰はく、
『唯然なり。廼ち知りぬ。汝は是吾が幸魂奇魂なり』」。
古事記では、幸魂奇魂とは特定されていませんが。

こちらが全体像です。
そして、いよいよ本殿へ。

実は現在、平成の大遷宮の工事中で
残念ながら、本来の本殿は覆いに隠されています。
そのため以前の拝殿が仮本殿となっています。
完成と本殿遷座祭は、2015年なので、しばらくはこの状態です。

現在の高さは24mですが
古代は48m、或は96mとの説があります。

出雲合宿-6

2日目は8時に宿舎を出発し、一路、物部神社へ。
ご祭神は、宇摩志麻遅命。そしてその父神である饒速日命。
他に、布都霊神、天御中主大神、天照皇大神、別天津神五神、鎮魂八神。
格式のある、石見国一宮です。

出雲合宿-5

宿舎に向かう途中で、かの有名な荒神谷遺跡へ。
最初に荒神谷博物館を見学してから、博物館の方の案内で
まずは荒神谷史跡公園 二千年ハス池へ。
7月ですと、古代の蓮の花がとても綺麗だそうです。
そして、いよいよ遺跡発掘現場へ。
1983年に広域農道の建設に伴って遺跡調査が行われましたが
その時、調査員が古墳時代の須恵器の破片を発見したことから
本格的な発掘が開始されました
須恵器の破片が見つかった所も見ましたが
あそこから発掘現場を特定するのは大変だったと思います。

ここから国内総出土数(約300本)を上回る358本の銅剣が出土。
さらに翌年になって、銅鐸、銅矛が同時に出土。
銅剣は柔らかいので、発掘作業も大変だったそうです。
それにしても、この発掘は
歴史を書き換えさせるほどの凄い話だったわけですが
現地に立つと、今でも何か迫ってくるものを感じます。

出雲合宿-4

初日の神社巡りの最後は
出雲の国一宮、熊野大社です。
八世紀初頭に書かれた日本書紀、出雲國風土記にも登場する
たいへん由緒ある神社です。
出雲大社と同型の注連縄がとても印象的です。
周囲の桜も綺麗でした。

出雲合宿-3

3番目は八重垣神社。
ご祭神は、素戔男大神と稲田姫。
八岐大蛇神話にまつわる神社です。
素晴らしい壁画を鑑賞できます。
ここまできたら、鏡の池へということで
全員揃って、奥の院佐久佐女の森の中へ。
ここの占いは随分人気のようです。

出雲合宿-2

続いて、武内神社へ。
こちらのご祭神は、武内宿禰です。
古事記や日本書紀に登場する偉大な審神者です。
まだ修行未熟な若輩審神者の私ですが
謹んで大先輩にご挨拶をさせて頂きました。
突然伺ったにもかかわらず
特別に雅楽を拝聴することができ、心から感謝。
ありがたいことです。

出雲合宿-1

4月10日、マスタークラス合宿初日。
旅の始まりは神魂神社から。
総勢27名、出雲空港から直行です。
移動のバスでは、神魂神社にまつわる由緒や祭り等の解説など
私がずっと観光ガイドを務めましたが
何ぶんにも初めてでしたので、あまり上手くできませんでした。(多謝!)
こちらの本殿は日本最古の大社造で国宝に指定されています。
何回訪れても感動しますが、今回は昇殿しての正式参拝となりました。
神気に満ちた素晴らしい神社です。
絵葉書セットのお土産を頂きました。

2010年4月8日木曜日

古事記


このところ古事記をよく開きます。
日課にしていた頃もありますが
ここ10年ほどは気が向いたときに勉強しています。

先日は6時間かけてやっと2行。
岩波文庫を使っていますが、原文重視です。
なぜなら書き下し文ですと、時折間違いがあるからです。
冒頭の2行だけでも、1ヶ所、意味が真逆になっている所もあります。
ですから、書き下し文は参考程度にしかなりません。
古事記等を通して「いにしえ」を学ぶのが国学と言われる学問ですが
かれこれ35年程度では、まだ自信を持てるレベルにはなれません。
通常の解釈だけでなく、言霊的解釈が必要だからです。
本居宣長や平田篤胤なども参考になりますが
彼らの解釈も間違いが多く、そのまま受け入れられません。
そして一番難しい点は、「覚」と「悟」です。
国学は、単なる「学問」ではありません。
実体験を伴わないと
その真実を理解することはできないのです。

2010年4月7日水曜日

サラーム・ボンベイ


これまで何本もインド映画を見てきましたが
珠玉と言えるのが
この「サラーム・ボンベイ」でした。

1988年インド=伊=仏=米の合作で
インドの女性監督M・ナーイルの長編処女作です。

サーカス団からひとり取り残された少年が
ストリートチルドレンの仲間入りをしながら力強く生きてゆく。
少年の瞳の輝きが とても印象的でした。

20年程前、岩波ホールで連続2回見てしまいましたが、
映画を見ながら涙が出てきたのはこれが初めて。
息遣いさえ感じさせる繊細な表現力も
何ともいえない哀愁を誘います。


インド映画には、サタジット・レイ監督の「大地のうた」(1955年)
「大河のうた」(1956年)、「大樹のうた」(1959年)に始まり
内容、映像ともに素晴らしい作品が多いですが
同監督の「遠い道」の様にインドに古来より根付く差別観(カースト)を
正面から痛烈な皮肉をこめて批判した作品も少なくありません。

タゴール著作集


『あなたは、私を限りないものにしてくださいました
それがあなたの喜びなのです。

この脆い器を
あなたは 幾たびも空にしては
つねに  新たな命の輝きで満たしてくれます。

この小さな葦笛を
あなたは  丘を越え、谷を越えて持ち運び
その笛で とこしえに新しい旋律を吹き鳴らしました。

あなたの御手の不死の感触に
私の小さなこころは  歓びの余り度を失い
言葉では尽くせぬ言葉を語ります。

あなたのたゆまない贈り物を
私は  この小さな両の手でいただくほかはありません。

幾歳月かが過ぎてゆきます。

それでもなお あなたは注ぐ手をやすめず
そこにはまだ 満たされぬゆとりがあります』

<タゴール「ギータンジャリ」より>
タゴール著作集 第1巻 詩集1 第三文明社
(写真は別の巻です)
著作集は全巻持っていますが
このギータンジャリが一番好きです。
他の方の訳も3種類ほど買いましたが、やはり
こちらが最高です。
タゴールは、本当に凄いです!

2010年4月6日火曜日

ジッダールタ


★シッダールタ Siddhartha★
ヘッセの代表作ともいえる「シッダールタ Siddhartha」は
1972年に映画化され、72年ヴェネチア映画祭銀獅子賞に輝きました。

新潮文庫でヘッセの原作を読まれた方には
多少物足りないかもしれませんが
映画だけ見るならば、まあまあの出来に仕上がっていると思います。

ただ、キリスト教文化圏で
原始仏教の思想に近いこの原作の意味深さが
どれだけ理解されたのか、やや疑問ですが
欧米でこの「シッダールタ」がヘッセの最高傑作だと
とても高い評価を受けているのを見ますと
むしろ信仰を重視する大乗仏教の盛んな日本での方が
スッタニパータなどに見られる釈迦本来の教説との矛盾などから
いろいろ難しい問題をはらんでいる様な気がします。

もしヘッセの「シッダールタ」を読まれる機会がありましたら
続けて「知と愛(ナルチスとゴルトムント)」も手にとられるといいでしょう。
この「知と愛」は、ヘッセが「シッダールタ」で語りきれなかった部分を
実に上手く表現しています。

菜根譚


★菜根譚★

『 天が、我に福をうすくするなら、我はわが徳を厚くして迎えよう。
天が、我に肉体を苦しめるようにしむけるなら
我はわが精神を楽にして補うようにしょう。
天が、我にわが境遇を行きづまらせようとするなら
我はわが道をつらぬいて通すようにしよう。
かくすれば、天も我のかたい決意をどうすることもできないだろう。』
「菜根譚」明徳出版社刊、中国古典新書より

この書物は、明の還初道人、洪自誠の著です。
私は昭和55年にこの本を買い求め
以来思い出すように時折ページをめくっています。
この書は、道家、儒教、仏教のエッセンスに溢れた
「生き方」の導きだといってもいいでしょう。
一読の価値ありと思いますので、ここに紹介させて頂きます。
『人生の世渡りにおいては、必ずしも功名を立てなくても良い。
先ず大過なく生涯を過ごすことができれば、それが即ち功名である。』

昔師事した国学の師は
「人間は平凡に生きてゆく事こそ難しい」、と言っていましたが
私も50代になってつくづくそう思うようになりました。

幸せに生きる、自分の意志で生きる、本当の自分自身を知る等々
身近なところの目標でも簡単に到達できるものではありません。

バジアン先生は、Healthy.Happy.Holly といつも言っていました。
それは言い換えれば、Body.Mind.Spirit の理想像でもあります。

いつの世も
健康で無事に淡々とした人生を全うする事こそ
一番難しいことなのかもしれません。

『人はすべからく動かず停まっている雲や
流れず止まっている人のような静的な境地の中にあって
しかもよく鳶飛び魚躍るような溌剌たる気象があってこそ
初めて真に道を修得する人の心の姿であるとされる。』

出雲の光と影

今回、私がガイドを務めますが
ありきたりな観光案内をするつもりはありません。
出雲神話の光と影について
私なりの考えを語らせて頂こうと思っています。
如何に、出雲が特殊なのか、、、。
他所ではまず聞けないような話をするつもりです。
お楽しみに。

2010年4月5日月曜日

ラマナ・マハリシの教え


「ラマナ・マハリシの教え」(めるくまーる社)という本があります。

『シュリ・ラマナはインドの大地の真の息子である。
彼は誠実でありながら、どこかまったく常ならぬものを持っている。
インドにあって彼は、白い空間の内なるもっとも白い一点である。』

このC・G・ユングの序文で始まる本書は
ラマナ・マハリシの語録と対話形式の説法で構成されています。
なんとも深い内容で、何度読んでも勉強になります。

「それでは神とは誰でしょうか?」
という弟子の問いかけに対して彼は答えます。
『自己が神である。
『私がある』が神である。
神がもし自己以外のものであるなら、
彼は自己のない神であるに違いなくそれは不条理である。』

そしてもっとも簡単な自己実現への道は
『アートマ・ヴィディア』つまり自己探求であると結びます。

この『アートマ・ヴィディア』は
「私は誰か」という存在への根源的な問いかけによって始まり
そして、終わるのです。

「あるがままに」、「不滅の意識」とともに読まれるといいでしょう。

大師のみ足の元に

「大師のみ足の元に・道の光」

『扉を叩く者へ不真実より真実へと導きたまえ
暗黒より光明へと導きたまえ
死より不死へと導きたまえ』
竜王文庫、昭和49年12月1日初版
クリシュナムルティ著、田中恵美子編・訳。

この本は
かのクリシュナムルティがアルシオンと呼ばれていた頃
つまり13歳当時に書かれたものです。

後年出された数多くの素晴らしい著作とは
内容、雰囲気においてとても比べることなど出来ませんが
内容云々は別にして
クリシュナムルティが子供の頃にこのような本を書いたという事実を
ご紹介したかった次第です。
「英知の探求」、「自由への道」、「自我の終焉」、「自由とは何か」など
彼の著作は日本でも数多く出版されていますので
興味のある方は読まれるといいでしょう。
きっと新しい世界が開かれることと思います。

失われた瞑想法

昨日のレベル2の講義では
原始仏典の「長寿王本起経」を少し詳しく解説しました。
今回の新刊「悟りに到る十牛図瞑想法」では
ページ数の関係で充分な説明ができませんでしたので
その分については、講義と実技で補ってゆくつもりです。
2500年前の釈迦の時代には
あれほど多くの高度な瞑想法があったのに
なぜそれらの名前と効能書き程度しか残らなかったのか?
経典にもはっきり書かれていますが
釈迦や弟子達は真我(仏性)を観ることができたのに
一体いつの時代から観えなくなってしまったのか?
いずれにせよ、今年は
原始仏教(阿含経)の優れた技術の数々を
具体的に明らかにしながら
皆さんが自分自身で
釈迦の悟りの世界を垣間見ることができるように
説明の仕方も工夫してゆきたいと思います。

2010年4月2日金曜日

神について

古事記を読むと
その冒頭に神についての定義が出てきますが
ここをどう読み取るかで、後の解釈の成否が決まってしまいます。
岩波文庫ですと僅か2ページ程ですが
その部分が、最も大事なのです。
国学(古神道)を学んで35年目になりますが
まだまだわからないことが多く、日々研究と修行に励んでいます。
あと何年生きられるかわかりませんが
死を迎える直前まで、古事記を手放すことはないでしょう。

2010年4月1日木曜日

とっておきの内緒話

古代の神秘と瞑想
  ~本には書けないとっておきの内緒話(講義&実技)

5月16日 東日本橋 ロータス8にて

「古代の神秘と瞑想」をテーマとした講義と実習の濃厚な4時間半です。
3月20日よりロータス8のサイトで募集が開始されています。
各回35名が定員なので、お早めにお申込み下さい。
1ヵ月半前ではありますが、すでに20名近いお申込みを頂いていますので。

内容ですが、「本には書けない取って置きの内緒話」なので
たぶん公開の場では、これが最初で最後になると思います。
(マスタークラスの方はご相談下さい)
http://www.lotus8.co.jp/workshop/378-2400.html
http://www8.plala.or.jp/kundalini-jp/Class/Lotus8.html

明日香への旅


明日香への旅~大和神話と瞑想リトリート
11月には、ヨギーニの主催で明日香と大和に行きます。
明日香では、石舞台を始め酒船石などの遺跡を巡ります。
そして、万葉集の故郷、山之辺の道を歩きながら
元伊勢として知られる桧原神社、卑弥呼の墓と噂される箸墓古墳
日本最古の神社とも言われる大神神社等へ向かいます。
観光バスを借りて、2日間ずっと、私がバスガイドを務めます。
古事記や日本書紀の話題を取り混ぜながら
一味違う古代史ツアーを考えています。
夕方から夜にかけては、少しマニアックな瞑想をするつもりです。
8月頃から募集を開始すると思いますので、ご期待下さい。