2010年7月29日木曜日

柔らかな心

ヨーガブームが始まって7~8年経ちます。
クンダリーニJPの講座でも
ラージャ・ヨーガやジニャーナ・ヨーガの人気がとても顕著で
ウパニシャッドやヨーガスートラなどのかなり高度な内容でも
ここ数年、大変盛況です。

参考までに参加者の方々に伺ったところ
過半数の方がヨーガ歴2~4年ということでした。

ヨーガを始めて1~2年の内は、形を覚えるので手一杯。
その意味や原理などあまり考える余裕はないと思います。
そして難しい技法が少しずつできるようになりますと
ヨーガに対して徐々に自信を持つようになってきます。

ところが3~5年経ちますと
今度は、「これでいいんだろうか?」と
様々な疑問を持つようになります。

「ヨーガって所詮は体操なんだ」と思い、
ガッカリしてやめる人もおられるかも知れませんが、
それはとても残念なことです。

一方「そんなはずはない!」ということで
ヨーガの本質について深く学ぼうと、
自分の流派に固執することなく
真実を探求しようとする方もいるでしょう。

いずれにしましても、3~5年というのが
疑問や悩みが強くなるひとつの節目であるようです。

そしてもしもその時に、何らかの答えが得られませんと
5~10年経つ頃に、この悩みはかなり深刻なものになります。

ヨーガが自分の人生に相当なウェートを占めることになるので
仮に大した事がなかったとなりますと
「何をやってきたんだろう?」という自己否定に繋がりかねません。
ヨーガのインストラクターになっていたらもっと複雑です。
そこでもし自己防衛本能から、エゴを強め殻に閉じこもりますと
自ら可能性を放棄することになり、もうそれ以上の進化は望めません。

対して、拘りを捨てて真摯に本質を求めようとする方々は
心をオープンにすることで、様々な出会いや道が開かれます。
視野を広くして、
ヨーガの取り組み方にも
柔軟性を持つことが大事だと思います。

身体を柔らかくすることが、心を硬く閉ざすことにならないように
そして自らを束縛するのではなく、真の自由を得るために
柔らかな心で、ヨーガに取り組んで頂きたいと思います。

学問は人間を変える

『学問は人間を変える。
人間を変えるような学問でなければ学問ではない。
その人間とは他人のことではなくて自分のことである。
他人を変えようと思ったならば
先ず自分を変えることである。』
「安岡正篤一日一言」致知出版社

子曰、「学而時習之。不亦説乎。」
「学びて時に之を習ふ。亦説ばしからずや。」

学んだことを、日々の習いによって身につける。
その積み重ねは、学問や技を深めてゆきます。
その過程で様々な気づきがあれば
学びの内に本当の楽しさが沸いてきます。
その気づきは、知らず知らずの間に自らを変えてゆくことでしょう。
ただの学問が、真の意味で「活学」となります。

そのうちに、たくさん学んでまいりますと
自らが学びを通して得た喜びを人に伝えたくなります。
ところがそこに曾子は「三省」を心掛けよと言います。
曾子とは曾參。字は子輿。
「伝不習乎。」 「習はざるを伝ふるか」

ここでは「習」の意義が問われます。
単に上辺だけを学んだ程度で、あるいは又聞きや聞きかじり程度で
人に伝え語る資格があるのか、ということです。

孔子は次のようにいっています。
「子曰由誨女知之乎知之爲知之不知爲不知是知也」
「知るを知ると爲し、知らずを知らずと爲す。これ知るなり。」

これは中国医学の先生の口癖でしたが
昔から私も、自戒の意味で受け止めています。
10を知って10を語るのでは、何と頼りないことでしょう。
もしも10を語るならば、少なくとも、
100の理解が必要だと思います。

無関に遊ぶ

『人間は小成に安んじないよう、
意外に早く固まってしまわぬように伸びがとまらないように、
いつまでも若く、いつまでも伸びていく
いつまでも進歩発展していくことが大事。
年とともによく変化していき、
途上の難関を幾関か通って
無関に遊ぶということが大切なのであります。』
「安岡正篤一日一言」致知出版社

孔子は、40にして惑わず、50にして天命を知ると言いました。
つまり50歳からが人生の本番だということです。
年齢に関係なく、安岡先生の仰るとおり、
いつまでも若くいつまでも伸びていく、
いつまでも進歩発展していくように心掛けたいと思います。
ところで、「無関に遊ぶ」とは
拘りを持たず、無為にして、真の自由を味わいつつ
そこに人生の真実を見守ってゆくことだと思います。
慌しい日常の中では、かなり難しいことのように感じられますが
天命を知ったあとに、どのようなスタンスで生きてゆくべきか
ひとつの示唆を与えてくれる一文だと思います。

「大器は晩成す」老子

よく聞く言葉ですが、出典は老子道徳経です。
勿論いろいろな受け止め方がありますが、
私は慰め言葉ではなく
自分に秘められた可能性への啓発として解釈しています。
昔セガール先生にも次のように言われました。
今でも座右の銘のひとつにしています。

「男は絶対に夢を捨ててはならない。
夢を放棄することはその可能性すらも手放すことだ。
人生には幾つかのチャンスが必ず巡ってくる。
それを掴む事が出来るかどうかは日々の弛まぬ努力にかかっている。」

心の修養

『世の中にはさまざまな職業の人がいるが
大事なのは各人それぞれが正業に就き
自分の心身をみがいて仕事に最高の努力をしてゆくことだ。
一人ひとりの心の修養こそ大事である。』
「安岡正篤一日一言」致知出版社

私の国学の師も
「正業に就き、社会につくす事」が大事なのだと
常日頃仰っていました。
そのため、私も月~金曜は普通に働きそして、
土日だけヨーガ指導やボランティアを行なっています。
もちろんヨーガ指導を職業にしても、
それはそれで立派な正業だと思いますが
私個人としては、
生活の糧を得るという意味での「本業」ではなく
あくまでも趣味の延長線としてヨーガを考えています。

「人不知而不慍。不亦君子乎。」 (論語、学而第一)
「人知らずして慍(うら)みず。亦君子ならずや。」

自分を磨くのは、他人に評価される為ではないはずです。
ですから常にマイペースで、淡々と
自ら選んだ道に精進することが大切なのだと思います。
釈迦も「犀の角のようにただ独り歩め」と言っています。
他人にどう思われようとも、自らのアイデンティティを失わずに
自然なるままに生きてゆきたいものです。

朝食は食ったか?

『偉大な修業などというと、
どんな奇抜な人間離れしたことをするのかなどと思う間は
まだ何もわかって居らぬのである。
尋常日用の工夫に徹するのが大修業なのである。
大いに悟りを開こうと思って、
まず佛という偉大な者の秘儀をつかもうとあせって居る僧に、
趙州和尚(唐末の名禅僧)は答えた。
朝食は食ったか。
はい、いただきました。
食器をよくかたづけなさい、と。』
「安岡正篤一日一言」致知出版社

かつて私にも、
秘伝や秘技を追い求めた時期があります。
なにか特別な技術によって
飛躍的に向上するものと誤解していたからです。
実際それらを沢山収集し、試みてみましたが
自分の本質部分には、何も変化が起こりませんでした。
それでも一抹の期待からか、
コレクションに精を出していました。
そんなある日、
ヘッセの「シッダールタ」を読んでいたら
強烈に胸に響くものがありました。
その時から私は、
小手先の技術や、秘伝と言われる術に
まったく興味がなくなりました。

たとえば、瞑想ひとつとっても「形」ではなく
「質」が問われることに気づいたのです。
それは有形と無形に対する深い理解でもありました。

つまり秘伝や秘技の「形」からは、
サマディなど起こりえないのです。
ヨーガに於いては、無形の力ほど強いものはなく
それは無為にして初めて解放されるものだったのです。

レベル-2では毎回次のようにお願いしています。
「何もしなくていいから、ただそこにいてください」と。
参加された方はおわかりになると思いますが
その時にこそ、さまざまなヨーガ体験が起こるのです。
自分からの解放こそが、最後の課題だと悟る瞬間です。

2010年7月28日水曜日

ただひとり在ること

『超俗とは、
腰布をまとったり、一日一食に制限したり、
何か刺激的だが無意味な経文や呪文を繰り返すことではない。

世俗を放棄しても、
依然として羨望や貪欲、恐怖の世界の一部であり、
権威やあるいは
知る者と知らない者との間の区別を認めているようでは、
世俗性において何ら変わりはない。
また名声であれ、理想、神など何であれ、
その成就を追い求めるのも世俗性に他ならない。

受容されてきた文化的伝統そのものが世俗的なのであり、
それゆえ人里はるか離れた山中に隠栖しても、
決してこの世俗性をまぬがれないのである。
真実は断じてその方向にはない。
人はただひとりあらねばならない。

しかしただひとりあることは孤立ではない。
ただひとりあるとは、
錯雑とした貪欲と憎悪と暴力の世界、
痛苦に満ちた孤独と絶望から
自由であることである。』
「クリシュナムルティの瞑想録」

若い頃、山に篭り
滝行や断食etcストイックな修行生活をしていましたが
自虐的な苦行からは、
純粋観照者の出現や真我独存は
到底、期待できないと痛感しました。
生死を賭けたギリギリの修行をされた方ならば
私と同じ様な結論に至ったことでしょう。

隔離された深山幽谷で独り修行するよりも
都会で普通に社会生活を営みながら学びを深める方が
余程難しく、また修行になると思います。

現実社会から逃避しても自由は得られないと知るべきです。
なぜなら自分からは逃げられないのですから。

思考からの自由

『何も教えられてはいない。
あなた自身が自分の目で見たのである。
ひたすら見ることがあなたに示したのである。
言うなれば、
そのように見ること自体があなたの師なのである。
見るも見ないもあなた自身にかかっているのであって、
他の何人もそれをあなたに強いることはできない。
しかし、もし報いを望んだり、
罰を受けるのを恐れて見るというのであれば
そうした動機が見ることを妨げる。
見るためには、あなたは
一切の権威や伝統や恐怖、
あるいは狡猾な言葉に満ちた思考から
自由でなければならない。
真理はどこか遠くにあるのではなく、
あるがままの現実を見きわめることにある。
あるがままの己れの姿を曇りなく、
あれこれの判断を何らさしはさむことなく見ることこそは、
一切の探究の始まりであり同時に終わりである。』
「クリシュナムルティの瞑想録」平河出版

ラーマナ・マハーリシは、かつて
「私は誰か?」という問いの大切さについて語りました。
上記のクリシュナムルティの言葉は
まさしくその答えに至る為の要件といってよいでしょう。

「あるがままの己れの姿を曇りなく、
あれこれの判断を何らさしはさむことなく見ること」

これについてはヘッセも
「シッダールタ」で次のように著しています。
「静かな心で、開かれた待つ魂で、
執着を持たず、願いを持たず 判断を持たず、
意見を持たず聞き入ること」(新潮文庫)

まさに、ひと言一言が心に染み渡る至言です。
よく皆さんに、これこそ「観照への極意」だと申し上げていますが
これらは真の瞑想の要件として、心に置いておくべき言葉だと思います。

瞑想とは、単なる想念遊戯ではありません。
先賢の智慧を学びながら、より深みへと達することが望まれます。
いつも思うのですが、言葉の使い方は異なれども
真理に到達した方々の言には、大変似通った志と風格を感じます。

安岡正篤先生に言わせれば
「達人のいうこと、真理を学んだ人のいうことは
古今東西、みな一如である。」
ということになるのでしょうが。
(「知命と立命」より)

沈黙と愛

『沈黙はあらゆるものの本源である。
今朝あなたが聞いた音楽は
沈黙の底からあなたに届き、
あなたは沈黙していたのでそれを聞いた。
そして音楽はさらに
沈黙の中であなたを超えて去っていった。

われわれが沈黙に耳を傾けないのは、
われわれの耳が
精神のざわめきでいっぱいになっているからである。

愛があってもそこに沈黙がなければ、
それは思考の手にかかって、
羨望をその基盤とするような文化を持ち、
人間の頭と手でこねあげられた神々を崇める社会の
なぐさみものにされてしまうのである。

沈黙はあなたのまわりーあなたの中、
そしてあなたのとなりにある。』
(「クリシュナムルティの瞑想録」平河出版)

沈黙とはただ単に、
口を結んで言葉を発しないということではありません。
言葉には有声と無声の2種類があるわけですから
有声の沈黙だけでは片手落ちになります。

では無声の沈黙とは何を意味するのでしょうか?

人間は言葉でものを考えます。
ですからたとえ無言を貫いても、頭の中で何かを考えていたら
それは真の沈黙ではないことになります。

つまり無声の沈黙とは
ヨーガスートラの説く「心の作用の止滅」に他ならないのです。
思考が沈黙すれば、
真我は自らの輝きを観照することができます。
それは自らの本源に回帰することを意味します。
愛とは、真我(プルシャ)の働きの一つです。
ですから「愛があってもそこに沈黙がなければ」
というクリシュナムルティの指摘は
その通りだと思います。

ヨーガの真髄は、
真我に対峙する無形の瞑想にあります。
最初は有形のアーサナでも結構ですが、
できればそこに留まらず、いつの日にか、
無声の沈黙と、無形の瞑想を通して
ヨーガ本来の素晴らしさを味わって頂ければ幸いです。

経験の刻印

『おおらかな天真らんまんさと無量の広がりは瞑想の開花である。
広がりのないところに天真らんまんさは生まれない。
天真らんまんであることは未熟さとは無縁である。
肉体的には成熟しても、
精神が経験の無数の刻印から自由でないかぎりは、
愛とともに訪れる広大な空間は生まれない。
天真らんまんであることを妨げるのは経験の刻印である。
経験が加える絶え間ない圧力から精神を自由にすることこそは
瞑想に他ならない。』
「クリシュナムルティの瞑想録」平河出版

ヨーガも禅も宗教と密着し、信仰を要求するようになりますと
その本来の輝きが失われてしまうように感じられてなりません。
なぜなら、釈迦も言うように、信仰はサマディを妨げるからです。

信仰は、時として心の支えにもなります。
ですから信仰を持つ事を頭から否定するつもりはありません。
ですが瞑想とは、本来、心の置かれた状態を閉ざすことであり
信仰と共存することはできないのです。

ヨーガスートラで言えば
「心の作用が止滅したとき」には、
言うまでもなく信仰心を持ち続けることは出来ません。
なぜなら、信仰心を保持し続けることは
心の作用の止滅に逆行するからです。

精神を自由にする、とは
とらわれを無くすことだと言い換えることができます。
ですがそこには、善悪も美醜もありません。
サマディの前段階として「心の作用の止滅」が起これば
煩悩も、信仰心も一切合切消えてしまうからです。

『瞑想とは、静けさのなかからわきおこる はたらきです』
「瞑想」クリシュナムルティ

無師独悟

ラマナマハリシは、1836年に南インドに生まれました。
ミッション系の学校に通う運動好きな青年だった彼に
後の人生に係わる大きな転機が訪れたのは、16歳のときでした。
彼は後になって次のように述べています。

「肉体は死んでも、霊魂(Spirit)は死なない。
私は不死の霊なのだ。」

突然襲ってきた激しい死への恐怖の中で、
彼は内部に<われ>の声を聞きました。
それから2ヵ月後に、彼は神との合一体験をするのですが
「無師独悟の形で真我の覚証に到達した」(佐保田博士)彼は
まさに「グルは内にあり」を体現した聖者として、
今に到っても、大いなる輝きを放っています。

欧米で活躍していた聖者ヨーガナンダが彼を訪ねた時に
ラマナマハリシは、一対一での指導を奨めたといいます。
それはダルシャンを得意とし、シャクティパッドを自在に操る彼にとって
当たり前のことだったのでしょう。
(参考 「ヨーガの宗教理念」佐保田鶴治著)

2010年7月21日水曜日

秘伝の伝承

花を手でつまむことを粘華と言います。
粘華微笑とは、釈迦と摩訶迦葉との間で起きた
奥義伝承の美しい物語です。

摩訶迦葉は、
頭陀第一とされた十大弟子の一人として知られています。
釈迦の信頼が厚く、
釈迦が涅槃に入られてから後、その教団の指導者となり
王舎城で第一回結集を行なった人物です。
禅宗では特に重要な位置を占めている仏弟子です。
釈迦は晩年のある日、
霊鷲山に弟子たちを集め、説法の座につかれました。
皆釈迦の貴重な説法が聞けることを期待しつつ
法話の始まるのを待つのですが、
釈迦は何も語ろうとしませんでした。

しばらくして釈迦は、
一輪の華を胸前にかざして、ゆっくりと拈りました。
その場に会した弟子たちの誰もがその意味を理解できませんでしたが
唯一、摩訶迦葉だけは静かに微笑みました。
自らの得た法の核心が、まさにその瞬間に摩訶迦葉に伝わったと
そのとき釈迦は、皆に告げたと言われています。
それゆえか、彼は後に釈迦の後継者となられたわけですが
以心伝心によって真理を伝えることができるという禅話でもあります。

老子が道徳経に於いて「道可道 非常道」と説いているように
真理の核心を言葉で伝えることは不可能なのです。

この伝承方法に似たものは、
仏教のみならず、ヨーガ、丹道、古神道等にも多く見ることができます。
私も数百回体験しましたが、エネルギーのやり取りを通して
静寂の内に、無言で伝承が行なわれるものです。

バジアン師が来日されたときに習った技法の多くは
3HOのマニュアルにはほとんど掲載されていませんが
仮にあったとしても、その場で練習することにこそ
真の意義があったものと思います。
つまり「場」が違うからです。

また、幸いにして
師からはシャクティパッドといわれる特殊な訓練を
米国公使官邸において何度もマンツーマンで受けることができました。

一人で努力するのも大切なことだとは思いますが
もっとも大事なのは、然るべき師の居られる前で練習することなのです。

仮に摩訶迦葉のような天才であったとしても、
その師との邂逅の場数を踏まずに、マニュアルなどを頼りに独習していたら
果たしてゴールに至れるかどうか、とても疑問です。
弟子を悟り体験に導くことこそ
師の果たすべき役割のひとつなのです。
その手段の一つがシャクティパッドであり
外見的には粘華微笑の世界なのです。

なぜなら、奥義伝承は、
言葉を越えた次元で行なわれるからです。

正法眼蔵

私は仏教徒ではないし、信仰心とかもありませんが
道元については、とても尊敬しています。
それは「正法眼蔵」を読んだのが切っ掛けでした。
この書は、瞑想の参考書として、高く評価できる一冊です。

佐保田鶴治博士が、尊敬するグルとして
ラーマナ・マハーリシとともに道元を挙げたのも頷けます。
本当に坐禅、瞑想ができた方ならば
この書の真の価値に気づくはずです。

もっとも、宗教的な教義については
私的にも受け入れ難いものがありますが
禅定の技術書として読みますと、とてつもなく凄い本なのです。
道元の境涯が如何に優れていたか、がわかります。
サマディを得た方なら下記の文章について、
表面的な言葉遊びではなく体験的に振り返りながら、
その真義をすぐに理解できる筈です。

「心境ともに静中の証入・悟出あれども
自受用の境界なるをもて、一塵もうごかさず一相をやぶらず、
広大な仏事、甚深微妙の仏化をなす」~辯道話より

「自己をはこびて万法を修証するを迷とす
万法すゝみて自己を修証するはさとりなり」~辯道話より

「万法に証せらるゝといふは
自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり」~現成公案より

実際何が起こるのか、どのような境地なのか?
禅定の深みにぜひ触れてください。
<附>
道元について学ぶには、多くの書がありますが
とりあえず下記の3書を読まれては如何でしょうか。
「正法眼蔵 1~4」水野弥穂子 岩波文庫
「正法眼蔵随聞記」水野弥穂子 ちくま学芸文庫
「宝慶記―道元の入宋求法ノート」池田 魯参 大東出版社

鍛錬の意味


『自分自身を錬磨するには、
くり返しきたえる金属のようにすべきである。
速成したのでは深い修養とはならない』
「菜根譚」 洪自誠 講談社

以前宮本武蔵の言葉として
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」をご紹介しましたが
確かに速成ではなかなか中身が伴いません。
試行錯誤しながら悩むことも、
時として、理解を深めることに繋がります。
しかしながら、人生は短く、生まれ変わりもないのですから
限られた時間を如何に効率的に有効活用するかも
またひとつの大事な課題だと思います。

「努力が実らないのは、努力の仕方が間違っているからだ」
昔スティーブン・セガール先生にこのように言われました。
鍛錬もいいですが、
その方法や目的が正しいものなのかどうか?
ピントが外れてはいないだろうか?
常に疑問を持ちながら、日々の鍛錬を積むべきだと思います。
クンダリーニJPでは、
まず考え方の概略を押さえ、基本メニューを練習し
然る後に、ヨーガの原理を正しく理解することで、
的外れな鍛錬にならないように指導していますが、
それは無駄の排除が目的なのです。

単に形を「くり返しきたえる」のではなく、
原理や理法をしっかりと理解し身に付けた上で練習を積むことが
結果的に深い修養に繋がるのです。
汗を流してただ努力し続けることだけが、
鍛錬ではありません。

鹿島と香取

18日に鹿島と香取に行って参りました。
久し振りでしたが、とても良かったです。
とくに香取の神気の厳しさが印象的でした。

2010年7月16日金曜日

恐怖と約束

「われわれは途方に暮れ、不安なままでいることを恐れるあまり、
宗教、政治あるいは社会的な領域で
われわれに天国を約束する人間たちの後を追い求める。
それゆえ、かれらは、実際には恐怖をつのらせ、
われわれを恐怖でがんじがらめにしているのだ。」
「クリシュナムルティの瞑想録」平河出版

白隠禅師の発心(仏となり最高の悟りに達しようという決心)の因が
子供心に聞いた地獄に対する恐怖にあったのは有名な話です。
白隠は11歳の時に母に連れられ昌原寺で地獄絵の法話を聞きました。
子供にとって始めて聞く地獄の世界は、強烈な恐怖となり
以来「どうすれば地獄に墜ちないか」を考え悩むようになりました。
そして14歳の時、松蔭寺の単嶺和尚について出家したのです。

釈迦は、
生・老・病・死の四苦から如何にして解放されるかを説きましたが
地獄話で人々を怖がらせ「恐怖でがんじがらめ」にはしませんでした。
宗教には昔から、往々にしてこのような傾向が散見されますが
私には、倫理的のみならず、技術的にも好ましく思えません。
なぜならそのような脅しはサマディを遅らせることになると思うからです。

そもそもサマディとは、浄化と解放の結果到達する境地です。
恐怖を植えつける事は、布教活動には役立つかもしれませんが
このような脅しによって心を不安にさせ、恐れに苛ませるのは
明らかにサマディ(見性)への妨げになります。
よって、クリシュナムルティの言うように
恐怖と約束をセットメニューにするのは好ましくないと思います。

真理はすぐそこにある

『教会や寺院が神の実質を滅ぼしてしまった今、
神は、その本来の意味を失った象徴であり
言葉であるにすぎなくなってしまったのである。

しかし神を信じない人間たちも同様、
短く空しい生の悲嘆を味わう点、何の変わりもない。
日々の生活の苦痛によって、
生は無意味でひからびたものになってしまうのである。

真実は思考の流れの終わりにあるのではないのに、
空しい心は思考の言葉でいっぱいになっている。
われわれは小賢しくなり、次々と新しい哲学や理論を作り出し、
あげくの果てにはそのいたましい失敗を目のあたりにする。
われわれは究極なるものに至るための方法について
様々な理論を編み出してきた。

信者たちは寺院に参詣して、
精神の想像力の所産にすぎないものにわれを忘れる。

僧侶や聖者も同様に真実を見出すことはできない。
かれらはいずれも、
かれらを僧侶、聖者として受け入れる伝統
あるいは文化の一部にすぎないからである。

鳩は飛び去った。
そして大地の上には山形の美しい雲がかかっていた。
真理はすぐそこにあるというのに、誰も見ようとはしない。』
「クリシュナムルティの瞑想録」

神は単なる言葉に過ぎない。。。
確かにそう言えるかも知れません。
なぜなら本来無形であるものを、言葉によって表そうとすれば
その瞬間に別のものになってしまうからです。

「道可道非常道」
道の道とすべきは常道にあらず。
(「老子道徳経」より)

しかしながら、先賢方は
その困難な課題に、本意ではないにしろ、果敢に取り組んできました。
それゆえ私達は、時を越えて
その叡智の一端を眼にすることが出来るわけです。

「マハー・ムドラーはすべての言葉や表象を超越せり 
しかしナロパよ 真剣で忠実な汝のために、この詩を与うべし」
(「マハー・ムドラー」おおえまさのり訳)

確かに、言葉を道具として真理に近づくことも否定はしません。
しかしながら、いくら懸命に沢山の言葉を並べたとしても
サマディに入ることができないのもまた事実です。

「沈黙」と「静寂」のうちに
みずからの真我が、無(神我)と合一し融合する。
そこには何一つ言葉はありませんし、
もしあったとすれば合一それ自体を妨げることになります。

余分なものをすべて廃し、真我本来の働きに任せること。
作為の消えた時から、真のサマディが始まるのです。

さまざまな理論や知識は
自らの体験を検証し確認するときには役立ちますが
サマディを成就する瞬間には、むしろ邪魔になります。

精神を欺くこと

「一切が神聖か、
それとも何ものも神聖ではないかのいずれかである。
あなたの言われること、あなたの言葉、あなたの思考、あなたの詠唱は
いずれ真剣であるかもしれないが、
それらは逆に精神を欺いてある種の魔法にかけているにすぎず、
実際は幻想に陥っており、
それゆえいっこうに真剣なものではないかもしれない。
確かに神聖なものはあるが、
それは思考が構築した言葉や、
彫像あるいは偶像といったものの中にはないのである。」
「クリシュナムルティの瞑想録」

思考が構築した言葉や、
彫像あるいは偶像といったものの中に神聖なものはない、
というクリシュナムルティは
神像、仏像、曼荼羅などへの礼拝を要求していませんでした。
確かに、それらに向かって長時間マントラなどを唱え続けていれば
なんとなく神秘的?な雰囲気に包まれることもあるでしょう。
でも多くの場合、それは単なる自己催眠に過ぎないと思います。
 宗教だからそれでいいじゃないか 
 信ずるものは救われる、と言うだろ etc

それで満足されるならば、それで結構だと思いますが
それではヨーガ本来の醍醐味というか、真価を知ることは出来ないでしょう。
ヨーガスートラやウパニシャッドの説くヨーガは、正しく行なうのならば、
自身を深遠なサマディに導いてくれます。
でも、その境地は、礼拝や信仰ではとても到達できない世界なのです。
マントラのチャンティングを楽しむのも結構ですが
チャンティングでサマディに入るのは不可能だ、というのが私の持論です。

沈黙の意味

『この沈黙は
観察者の体験によって捕捉できるものではない。
そのように体験し認識できたとすれば、
それはもはや沈黙とは言えない。
瞑想のさなかにある精神の沈黙は境界を持たず、
したがってそれは認識の領域にはない。
あるのは沈黙だけであって、
その中では分離の空間は終焉する。』
「クリシュナムルティの瞑想録」平河出版

ヨーガを始めたばかりの頃であれば
「集中」も役立つ場合があります。
ですが半年くらい経ったら、
もう「集中」を忘れなければなりません。
そして、次は「観察」を心掛けるべきです。
観察は、瞑想のスタートラインだと言ってもいいでしょう。
それは、間違いなく、多くの気づきを与えてくれます。

でも、観察が如何に便利なものだとしても
それを手放さなければ、サマディへのドアは開かれません。
なぜなら、観察がある間は、沈黙が訪れないからです。

沈黙とは、言葉を発しないことだけではありません。
思考の沈黙こそが肝要なのです。
沈黙なくして、真我は観えませんし、サマディもありえません。
観察者がいるうちは、心の作用が止滅しないからです。

沈黙が導く純粋観照者は
いかなる観察者とも共存できないのです。

2010年7月13日火曜日

グルジェフ

DVDで「注目すべき人々との出会い」を観ますと
ちょっとガッカリするかもしれません。
「ミラレパ」もそうですが
精神世界系のものを映像化するのは難しいと、
あらためて思いました。
本の方はまだいいですが
元々グルジェフを好きなわけではないので
私的にはあまり、、という感じです。
(ご参考までに)

四住期について

バラモン教典では人生の理想像として
次の4段階が紹介されています。

学生期 ~ 先生の元でヴェーダ等の聖典を学ぶ
家住期 ~ 仕事に励み、子供を育て、家庭生活を営む
林棲期 ~ 森林に住み、静かに修行する
遊行期 ~ 悟りを求めて遊行する

30年ほど前に、この四住期について知りましたが
「幼少で出家して、生涯禁欲と独身を貫け」というのと比べますと
はるかに理に適っていると思いました。

"煩悩の少ない子供の時に出家して
生涯僧侶として修行するのが人間として最も素晴らしい生き方だ"
という考えには納得できません。
もしも世界中の人達が、その教えに従ったらどうなるでしょうか?
間違いなく100年後には人類は滅亡してしまうことでしょう。
人類を絶滅させる教えが、果たして正しいといえるでしょうか?
もしそれが神の意思ならば、
はじめから人間を創造する必要はないと思います。

私も今年54歳。
孔子曰く、50歳にして天命を知る、ということですが
天命を知るのは、簡単ではありません。
50歳になれば自動的に「知る」事ができるのならばいいのですが
その前提条件は「30にして立ち、40にして惑わず」なのです。

「子曰、吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、
五十而知天命六十而耳順、七十而從心所欲、不踰矩」

「立」と「不惑」ですが、これにはとても深い意味を感じます。
私は「立」とは「何ものにも依存しないこと」つまり真我独存であり
「不惑」とは「真理に触れること」つまり無との合一だと解釈しています。

ウパニシャッドにあるように、真我独存しませんと離脱ができません。
離脱によって無と合一しますと、
自分の中に一つの羅針盤が出来て
進むべき方向が定まりますので、迷いがなくなります。
それがヨーガでいう「あるがまま」であり、神道の説く「惟神」なのです。
「天命」とは、まさにその時に覚るものなのです。

この20年ほど、内外の仕事に追われていましたので
思い通りの研究や修行ができませんでした。
そこで昨年来、仕事を半分以下に減らして
心機一転、真剣に修行をやり直すことにしました。
四住期でいうと、林棲期に半身進めたところです。
いつの日にか
「七十而從心所欲、不踰矩」となれれば言う事はないのですが。

絵と人生と

『人生とは、一枚の繪を書き上げる様なものではないか、
その人の存在が美しかったか醜い存在であったか、
尊い存在であったか価値なく生きて居たかは、
棺を履いてから判ると云う。
絵の美しさも、醜さも、筆を措いたときに判る。
(中略)
人間の生活には裏もあり表もある。美もあり醜もある。
人生の美しさばかり、世の中の美ばかり、人の善意ばかり表現して
人生を甘いものと想定せよとは云わぬが、
もう少し明るく表現できぬものか、芸術は美を必要とする。
此の画家は美の神にそむいてのか、暗い顔の人だろう。

私達の毎日毎日の生活も、画を描いて居るようなものではないか。
一生を一枚の繪と考えたら、此の毎日毎日が、
繪の具をカンバスに塗っている一筆一筆ではなかろうか。
今日とんでもない色を使って終へば、今日までの繪の構想、調和を破って終う、
今日のきたない一筆は、今までの精進した美しい繪を醜いものにして終う。
又、何時の間にか、暗い色を使ひなれて、繪の調子を暗くして終いていたり、
明るい色、即ち明るい言葉を使っての毎日で
明るい陽気な繪を作り上げて居る場合もある。
又、繪の企画がなく、自分の考えもなく、毎日何の考へもなく、
いろいろの色を塗っていたのでは、繪そのものも出きないやうに、
人生としての姿も出来ていないのもある。

繪も、塗り直して書き直せるやうに、人生もやり直しはできる。
カンバスが傷まない限りは。
然し、それは、大きな時間の空費と、疲労を覚悟せねばならない。』
「炬」若月佑行著

鍛は3年、練は10年

「根性とは字の通り『木の根のこころ』で、
木の幹枝葉は、人間で言えば、
幹が人の躯や態度、枝は人の習慣や技術、
葉は人の言動や容色に相当するものとしたら、
地の中に這入って見えない根は人の心情、性格に相当しよう。
根が弱くては、根が張れなくては、大木になれない様に、
人間も根性が弱かったり、曲がっていては大成しないものらしい。
それでも、枝葉が美しければ鑑賞される盆栽があるように、
人間でもその盆栽みたいのがあるし、
夜店の植木のように根のないものすらある。」

これは、禅の若月佑行先生が書かれた「炬(かがり)の一文です。
この書はガリ版刷りの和綴じ本で、全部で13冊譲り受けたうちの1冊です。
先生が両国にお住まいだった頃、今から30年前に、
たくさんの貴重なお話を伺うことが出来ました。

先生はしばしば「鍛は3年、練は10年」とおっしゃっていました。
10年修行しないとその道の本質に触れることは出来ないという意味でした。
つまり、根がしっかりと張り出すには時間がかかるということです。
夜店の盆栽にならないように、地道な修練が必要だということです。
10年間はひたすら習ったままに頑張ること。それが基本だと思います。
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」宮本武蔵
(武蔵の方が厳しいですね!)

達磨の三法

達磨が伝えたとされる易筋行、洗髄経そして坐禅は
ヨーガに当てはめると、
エクササイズ、クリヤ、メディテーションに相当するでしょう。
私は中国の老師方と各地の道観等より
中国古来の内功に関する文献や掛け軸を多々入手しましたが
そこには従来日本であまり紹介されていないような行法が
数多く記されていました。
例えば「少林真本・増演易筋洗髄内功図説」は全六巻ですが
凡そ100種類の内功法が説明されている貴重なものです。
この様に達磨は優れたヨーギとしてその精密な技法を中国に伝えましたが
残念な事に日本には坐禅しか伝わりませんでした。

従って達磨の真伝(?)の半分以上が失われた為に
我が国では白隠禅師のような偏差が顕在化し
その解決手段も説かれる事はなかったのです。

白隠は仙人から伝授された「軟酥(なんそ)の法」により治癒しますが
もしも易筋行や洗髄経が坐禅と共に伝えられていたなら
偏差に陥る危険はかなり減少した事でしょう。

中国医学では
三焦と共に、升降を問題としています。
つまり体液やエネルギー等々の流れ方が
個人によって偏りがあるというのです。
従って、道家の行法もまた、
個々の体質に合わせて組むべきだと考えられています。
私はヨーガについても、同じ考え方を採用しています。
ですから「ヨーガは中国医学と併せて学んだ方がいい」と思います。
通常のヨーガ理論に不足しているのは
まさにこの精密な中国医学的理解(体質論等)なのでしょう。
もちろんアーユルヴェーダに基づく様々な理論も興味深いものです。
ですが、それは中国医学には到底及ばないと、私は考えています。

無門関

臨済禅では公案という修行が昔から重視されています。
師家から与えられる公案の課題を一つずつ解いてゆきながら
見性成仏に近づいてゆこうというわけです。
しかしながらこの課題というのが、
理屈で解ける性質のものではないので
坐禅などを通して何とか直感を得ようと、かなり苦労します。
そして解答を得たと思ったら、師家の部屋に赴き、一対一で応えます。
難しい公案では、ひとつ透るのに何年もかかるそうです。

有名な公案として例えば
「趙州狗子」「庭前柏樹(祖師西来意)」などがありますが
理論的にどんなに考えても、答えは見つかりません。
ただ以前、懇意にしていた老師にお会いした折
何人かの雲水がたとえ同じ答えを持ってきたとしても
透る場合と透らない場合がある、と伺いました。
だとすれば言葉上の決まった答えがあるわけではなさそうです。

公案ではありませんがかつて国学の師に、幾つか質問を受けたとき
無言&無表情で何ひとつ返答しなかったにも拘らず
「それでよい」と言われたことがありました。
公案については門外漢なのでよくわかりませんが
国学の場合、例えば「無」についての課題ならば
実際に「無になること」が、正しい「応え」なのです。
つまり口先で理屈をこねるのではなく、
体現するというか無声・無形で表すのが最上というわけです。

ここで前述の「趙州狗子」「庭前柏樹(祖師西来意)」を
簡単に、ご紹介したいと思います。(「無門関」岩波文庫)

「趙州狗子」~無門関 第1則
趙州和尚、因みに僧問う「狗子に還って仏性有りや」
州云く「無」。

「祖師西来意」~無門関 第37則
趙州、因みに僧問う「如何なるか是れ祖師西来の意」
州云わく「庭前の柏樹子」

無門関は、宋代に無門慧開老師によって編纂されました。
この無門関には48もの公案が紹介されており
各々に頌と評唱が付けられています。

そして無門関と共に有名なのが碧巌録です。
碧巌録は別名、仏果圜悟禅師碧巌録と呼ばれています。
臨済宗における代表的な公案集のひとつです。
こちらは宋代に、圜悟克勤老師によって編されました。
共に岩波文庫にありますので、ぜひ一度読まれることをお奨めします。
禅の妙味の一端を味わえるはずです。

2010年7月6日火曜日

酒船石

謎の「酒船石」です。
いろいろな説がありますが、、、

石舞台玄室

石舞台の玄室内は
巨石が今にも崩れそうな感じです。
隙間から差し込む陽光が、なんとも神秘的で
古代の趣を感じさせます。
古墳(陵)の内部がどうなっているのか
おおよそ想像することができます。
一度は見学する価値のあるところだと思います。

大神神社

大和國一之宮、大神神社です。
三輪山が御神体なので、本殿はありません。
大国主大神の奇魂と幸霊が奉斎されています。
古事記や日本書紀に登場する由緒正しき神社ですが
神気の強さも相当なものです。
昇殿参拝して参りましたが
何度訪れても感激する素晴らしい神社です。

大和・桧原神社

大和の桧原神社です。
こちらは元伊勢として広く知られていますが
確かに、特別な神気を感じさせる聖地です。
本殿や拝殿など、神社によく見られるような建物は何一つありません。
三輪山を御神体として鳥居だけが立てられています。
まさに神道の原点とも言える姿です。
先週土曜日に、下見を兼ねて大和と明日香を廻りましたが
やはりこの桧原神社は、特別な雰囲気に満ちていました。
次回は、11月のツアーで再訪する予定ですが
今から楽しみです。