2015年8月4日火曜日

古代史研究会

  
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三種の神器

    
★三種の神器

三種の神器とは、八尺鏡・八尺瓊勾玉・草那芸剣を指します。
    
古事記によれば、三種の神器は
天孫降臨の際に邇邇芸命が天照大御神から授けられたとあります。
そしてそれらは神武天皇以来、歴代天皇が継承しお祀りしてきました。
    
崇神天皇の時に鏡と剣は宮中を出ることになりますが
以来、鏡は伊勢神宮(内宮)、剣は熱田神宮で祀られています。
   
宮中では
八尺鏡の形代を宮中三殿の賢所に御神体として奉斎し
八尺瓊勾玉は、草薙剣の形代と共に
皇居の吹上御所の剣璽の間に安置されています。
しかし、天皇と雖もそれらを実見することは許されていません。
   
形代とは分霊・分魂(わけみたま)を鎮めたものですので、
オリジナルと同じ力を持つものと考えられています。
    
この三種の神器ですが
一体何に使われるのか、どのような役割と力を持っているのか
そして、なぜ天孫降臨に際して天照大御神が邇邇芸命に授けたのか等
たくさんの謎があります。
    
八尺瓊勾玉(やさかのまがたま)は
天照大御神の天之岩戸隠れの際に玉祖命が作り
八咫鏡とともに榊の木に掛けられたとされていますが
元々は、伊邪那岐命が黄泉の国から帰った後に禊祓をした時に
天照大御神に授けた五百個の勾玉にそのルーツがあります。
つまり、この宇宙の起源というか
宇宙が無から生じた時の極めて近い段階で登場するわけです。
    
そして八尺鏡(やたのかがみ)は
天照大御神の岩戸隠れの際に高天原の天の安河で
作られたとされています。
そして天照大御神が岩戸をすこし開けた時、
この鏡で天照大御神御自身を映して、関心を引きながら
外へ招いたとのことです。
その甲斐あって
闇に包まれていた高天原と葦原中国は再び明るくなった、という話です。
それが天孫降臨の際、天照大神から邇邇芸命に授けられ
天照大御神だと思って祀るようにとの宝鏡奉斎の神勅が下されました。
この宝鏡奉斎の神勅は三大神勅の一つとして知られています。
(天壤無窮の神勅、宝鏡奉斎の神勅、斎庭稲穂の神勅)
    
最後の草那芸剣(くさなぎのつるぎ)は
建速須佐之男命が、出雲国において十拳剣で八俣遠呂智を切った時に
その尾の中から出てきたものとされています。
       
これら古事記の記述によれば
三種の神器は、登場する時期と次元がそれぞれ異なるのがわかります。
八尺瓊勾玉は神代七代から高天原に至る次元、
言い換えると、別天津神から天津神に移行する段階の次元、
そして八尺鏡は天津神の次元
草那芸剣は国津神の次元になります。
つまりこの三種の神器が揃うことで
神代七代から国津神までの全ての神々に通ずることができるわけです。
   
古神道では、この三種の神器は「鎮魂の器械」であると考えられています。
   
古神道の修行法としての「鎮魂」は
自らの一霊四魂の一部を離脱させ、神と合一させる技法のことですが、
それは自分の一霊四魂の浄化(はらい)と霊力の向上をもたらします。
ただ実際やってみますと、その難易度は極めて高く、一般の方ですと
特別な神意によるか、或いは余程の素質がないと大成できません。
    
宮中では毎年、新嘗祭の前日に鎮魂祭という祭祀を行います。
それは新嘗祭や大嘗祭という重大な祭祀に臨む天皇の霊力を
人間の到達できる極みにまで高めるのが目的だと思われます。
    
天皇は古代から最も位の高い祭主として
国家の祭祀において中心的な役割を担っていました。
神々に祈りを捧げるに際し
神の領域に通ずることができるよう事前に準備を整えるべく
三種の神器の力を借りながら鎮魂祭を行ったものと思われます。