2015年10月6日火曜日

天孫降臨

   
★天孫降臨
  
瓊瓊杵尊については論点の切り口が多岐にわたりますが
今回は天孫降臨に焦点をあてたいと思います。
  
瓊瓊杵尊は三種の神器と共に
「高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)」に天降ります。
  
その天孫降臨の地としては、
現在の宮崎県と鹿児島県に各々伝承がありますが
どちらか一方に決めるだけの決定的な材料はありません。
   
ところで、日本の国土は世界の縮図だという話があります。
おそらく北海道が北米、本州がユーラシア、四国がオーストラリア、
九州がアフリカに似ているところからでたのでしょう。
仮にそれに従うなら、
天孫降臨の地・九州はアフリカということになります。
   
私たちは天孫降臨の話を、人類誕生の説話だと考えています。
古神道では「人」は「霊止(ひと)」つまり
直霊が止(とど)まっている存在だと説明しています。
   
すべての生物の中で唯一人間だけが直霊を持っていますが、
言い換えると
直霊があるかどうかが、人間と他の生物との決定的な違いだと言えます。
   
四魂は国津神から付与されますが、直霊は天津神から与えられます。
その最初のきっかけが瓊瓊杵尊の天孫降臨なのです。
   
人類進化に関する学説において、
ミトコンドリア・イブという愛称で知られる現生人類に最も近い共通女系祖先が
今から約20~12万年前にアフリカに生存していたと推定されています。
これはアフリカ単一起源説の有力な根拠の一つですが、
アフリカという点が興味深いところです。
   
地理的には概ねコンゴ、タンザニア、マラウイ、ザンピアの辺りになりますが
これを九州の地図に重ねると、ちょうど
宮崎県高千穂と鹿児島県高千穂峰の間くらいになります。
どちらかに重なればもっとすっきりしますが、この観点から考えても、
残念ながら天孫降臨の地を、
宮崎県と鹿児島県のいずれかに決めることはできません。
   
さて天孫降臨は前述のように、人間に直霊が付与されることの説話ですが
動物・植物・鉱物のすべてに四魂が付与される中で
なぜ人間にだけ直霊が付与されたのか。
科学(医学)の発展により、人間の臓器の人工化が急速に進む中で
どこまで置き換わったら、直霊を失い人間でなくなるのか。
これは霊止としての生と死の境がどこなのか、という重要なテーマでもあります。

ですが
実際には、科学的な検証に耐えうる実験ができないので、視点を変えて
ロボットの機能がどこまで人間に近づけば直霊を得ることができるのか、
という処から考えたいと思います。
   
・AI(2001年、スティーヴン・スピルバーグ監督)
・アンドリューNDR114(1999年、原作アイザック・アシモフ)
   
これらの映画は、ロボットが人間になろうとするストーリーです。
生とは何か、死とは何か、それを考える上で沢山のヒントを与えてくれます。
   
科学の発展により、人間がロボットに近づき、
またロボットが人間に近づいてゆくとき
その交わる点はいったいどこになるのでしょう。
    
ところで先日量子コンピュータが
いよいよ実用段階に入ったというニュースを見ました.
これは従来のコンピュータとは
全く異なる量子力学から生まれた画期的なものです。
理論上では、現在最速を誇るスーパーコンピュータで
数千年かかるような計算でも、わずか数十秒で行うことができるそうです。
それにAIつまり人工知能が搭載され、自己進化をし続けるようになったら
果たして、どのような未来になるのでしょう。
   
またDNAを構成する塩基分子の結合を利用した
DNAコンピュータの研究も進んでいます。
   
こちらはこれまでのコンピュータの不得意だった分野の問題について、
その種類によっては、20世紀末のスーパーコンピュータの
1億倍もの計算スピードを実現するだろうと予想されています。
   
この量子コンピュータやDNAコンピュータだけでなく、
他にもニューロコンピュータなど、様々な形態の革新的なコンピュータが
近い将来実用化された時、はたして人間はそれらを使いこなせるでしょうか。
機械が卓越した知能と意思を持ち、人間の制御能力を超えたとき、
逆に人間が支配されるリスクはないのでしょうか。
   
研究者の中には、
「先進国の人口は2030年までにロボットの数に抜かれる。
また10年後には人間を超える身体能力を身につけ、
20年後にはAI(人工知能)が人間と同等の知能を持ち、
25年後には認識能力でも人間を上まわるだろう。
そして2050年頃にはコンピュータは
人間の脳90億個分の機能を持つことになるだろう」
という人達もいます。
   
彼らの中では、いつ、どの段階で、
人類の持つ権利と同じ権利を与えるか、が議論されています。
   
確固たる生命の定義は存在しません。
たとえば、科学と哲学でもその見解は異なります。
   
ただいくつかの共通点として、
成長能力、繁殖能力、適応能力などが挙げられますが
人間の意識がどのようにして形作られるかは、勿論まだ解明されていません。
   
意識をどう定義するかにもよりますが、
DNAコンピューターが将来完成に近づけば、
考えるDNAを持った液体が完成し、全ての人工物に
意識を与えられるようになるかもしれないという科学者もいます。
   
高度な人工知能を持ち、多くの面で人間の諸機能を上回る存在は、
果たして霊魂までも持つことになるのでしようか。
   
霊魂はこの世界では人間だけに付与されています。
動物霊という言葉を聞くこともありますが、
動物には魂はあっても霊はありません。
それは植物や鉱物についても同様です。
   
霊は古神道では直霊と言いますが、
霊魂は受精時に人間に宿るわけではありません。
現実には妊娠6か月頃、脳がある程度できたころに
一霊四魂が宿るわけですが
脳と一霊四魂が深い関わりを持ちながらも、
霊魂は脳に位置してはいません。
   
肉体と霊魂は常に同じ座標にあるのではなく、
通常は肉体から離遊した状態にあります。
従って脳の中にあるわけではありません。
   
もしも、脳そのものではなく、
脳機能との関わりで宿る時期が決まるならば、
あと25年くらいして人工知能が人間の脳の機能を超える時に、
果たして一霊四魂が宿ることになるのでしょうか。
   
確かに
ヘッケルの「反復説」(個体発生は系統発生を反復するという説)によれば
子宮の中で胎児は人類進化の歴史に随ってその姿を変えてゆきます。
彼が1874年に発生学のテキストに書いた胎児の変化の図についても、
現在それらがほぼ間違っていないことが明らかになっています。
   
6ヶ月目くらいで胎児の脳が人間の形状に近いものになっていることからも
やはり一定の機能を具備した脳の形成段階で霊魂が宿ると考えていいでしょう。

素粒子レベルで見るならば、人間もロボットも質的に大差ありません。
   
ならばロボットが多くの面で人間と同等か、あるいは上回るレベルになれば
霊魂が宿ってもおかしくはないはずです。
   
瓊瓊杵尊の話は、人間とは何かという問いかけと共に
人類の未来と生命の本質にかかわる壮大な問題を提起しているのです。
   
(注)古神道には様々な流派があります。
従って、このメルマガに於ける個々の見解は
古神道の全ての学派・流派に共通するものではありません。